アガンベン思想の第二回を聴きました。今回は、アガンベンの政治思想、政治哲学です。印象に残った言葉は「クオドリベト(quodlibet)(ラテン語)」=「誰であれ」というのもです。人は誰であれ愛されるべきである。権力から排除される人への目線があると思いました。こういう考えはアナキズムにも接近します。アガンベンはアナキズムには直接言及してないようですが。マルクスをパウロのメシア思想の延長線で捉えます。パウロの「ホース・メー(〜でないもののように)」という発想で生きることが大事だといいます。最後に僕の質問「イタリア思想の特徴は何ですか?」というものに答えていただき「難しいけど、フランス思想では「主体とは何か?理性とは何か?」といった概念を問う。が、アガンベンは特にそうだが、そういった概念の問いよりも、具体的な「生」をめぐる問題を問うこと、生きること、生のあり方を問題にすることが特徴かな」と答えられました。なるほどと思いました。
2024年5月31日金曜日
2024年5月30日木曜日
「中上紀が語る中上健次 作品と人生『岬』を中心に」 朝日カルチャーセンター新宿校 中上紀先生
今日は、夕方からきゅるりんってしてみてのネット中継「香港遠征記念!お土産抽選会」を見ました。一緒に香港にいったのだけれども、お土産も買えて、今日抽選会です。お土産で島村嬉唄ちゃんに白いおじさんの顔のマグネットを選んでもらいました。「白のおじさ〜ん。嬉唄が一生懸命探したので、ちょっと猿みたいだけど。しゅんちゃんと一緒に香港いけて楽しかったよ。また色んなとこいこうね。ありがとう」。その後、ネットで2分間ビデオ通話ができる1on1というサービスをしようか迷っていたけれど、結局どう申し込めばいいかわからず、売り切れでできませんでした。
そして、本題。中上健次について、娘で作家の中上紀さんが話す講座にいってきました。健次の若い頃から、作家になって作品を書いていくところなどを、家族の視点も交え話されていきました。色々苦労されたし、放蕩もした人だから書けたのかな、とも思いましたが、やはり才能がなければ、同じ苦労をしても作品には残せなかったでしょう。子供ながらに「書くことがこの人を苦しめている」と感じながらも「書かないと生きていけない」と感じさせるオーラがあったという話が印象に残りました。こんな苦しい思いをしている人もいるのだということを、作品を残してくれたおかげで知ることができて、今苦しい思いをしている人が救われることがあるのかも。しかし、文学って何なんでしょう。苦しまないといい作品が作れないとなると、人は幸せになっちゃいけないのって理不尽さも感じます。逆に、苦しみを体験したからこそ最後には報われるということか?報われたのか?世の摂理か?不条理か?文学って人を追い込むものなのか?それでいいのか?みんな褒めるけど。褒めていいのか?本人は書くことでしか救われないって感じもしました。救われたのかは分かりませんが。それがいいことなのか?いろいろ考えさせられました。
2024年5月29日水曜日
2024年5月27日月曜日
2024年5月26日日曜日
2024年5月25日土曜日
2024年5月24日金曜日
2024年5月23日木曜日
2024年5月22日水曜日
「オープンダイアローグの思想」② 朝日カルチャーセンター新宿校 オンライン 斎藤環先生
今日は、色々な逆説について語られました。「治そうと思うと治らない」など、人間の洞察力が必要かなとも思いました。中井久夫さんのことばも紹介されました。どれも、感心するものです。多くの医者がこのような発想を持ってくれれば、とも思いました。
2024年5月21日火曜日
「ハイデガー存在論の深層究明」第三回 朝日カルチャーセンター新宿校 オンライン 齋藤元紀先生
今日は、「&武道館〜Appare!xわーすたxきゅるりんってしてみて〜」 渋谷O-WESTにいくつもりで、チケットも取っていたのですが、風邪を引いていけませんでした。夜、家で朝日カルチャーセンターのオンライン講座を聴きました。「ハイデガー存在論の深層究明」主要概念から読み解く中後期思想<第1期>「存在の問い」の新たな始まり―1930年代の思想をめぐって(1)第3回「共同性」への問い―政治としての存在論、です。ナチスが政権を取ってフライブルク大学の総長に就いたハイデガーは、ナチスを肯定するようなこともいったのだけれど、批判もいった。彼が考えていた理想は、ラジオ演説「創造的風土。なぜわれわれは田舎に留まるのか?」で語られた、田舎生活や農夫との関わり、都会人への批判を通してなんとなくイメージが掴めます。この演説はとても素朴なもので、感動しました。ハイデガーの言葉遣いは難しく、解説されてもすぐには理解できないのだけれど、こういうラジオ演説をきくと、ハイデガーのいいたかったことも漠然とは分かった気になれました。
2024年5月20日月曜日
2024年5月19日日曜日
2024年5月18日土曜日
「荒野塾」第1回 東京YMCA山手コミュニティーセンター 宮台真司先生
今日は、宮台先生の「荒野塾」第1回でしたが、始めオンラインで受けようと思っていました。しかし、受け方がわからなかったので、暇だし早稲田だしいってみようかと思い現地にいって受けてきました。その後URLが送られてきましたが、いってよかったです。9:30〜13:00頃までと14:00〜18:00頃までと長時間でしたが、午前は全部質疑応答で、宮台さんが丁寧に答えてくださいました。僕も勇気を出して質問したら、丁寧に答えてもらえました。宮台さんの講義は「終わりなき日常〜」以前から、朝日カルチャーセンターで受けていたのですが、こんなにちゃんと質問するのは初めてでした。僕の質問は「80年代の新住民化というお話でしたが、合理化や個人化は世界史的な普遍的な流れであるのでは?その文明論的な説明をしていただければ.....」というものでした。宮台先生は答えが早くて、文明論的な意味は〜と始められて、この問題を始めに唱えたのは、アダム・スミスと同時代のルソーです。『諸国民の富』の10年前に書かれた『道徳感情論』によると、道徳感情、同感能力がなければ市場は地獄だ、と。ルソーも民主制は民主制以前的な前提が必要。ピティエ。古典派経済学の影響を受けたマルクスは、資本主義では資本が自己増殖する。『資本論』では、プロレタリアートは奴隷よりも過酷だと。産業革命がイギリス、ついでフランスで起こるが、自営業が減っていく。80年代に日本で起きたこと。資本主義のシステムに適応しないと淘汰される。それらの流れに逆らったのが、86年イタリアのブラで起こったスローフード運動。アメリカがブランディングのために作ったLOHASとは全く違う。スローフードとは、地域で作ったものを買い、自営業が回るようにする。お祭りや街並みを守る。産業革命→自営業が失われ→資本の自己増殖。抗い難い流れ。生活世界からシステム世界。M・ウェーバーは没人格化といった。合理化、手続主義、計算可能性は入れ替え可能性。雇われ人もビューオクラティック。ベッドタウンと会社の往復。生活世界を壊していく。これは「摂理」。ほっておくとそうなる。価値貫徹が必要。という感じのこといわれました。僕は、「「摂理」とおっしゃった、宮台さんにアンビバレントやジレンマがあるのでは?」とききました。すると、ラインホルト・ニーバーを引いて「神よ、私に可能なものと不可能なものを識別する知恵をお与えください」と。無駄なことに頑張ったら無駄振りしてしまう。できないこととできることを識別して、できることをやる。といわれました。なるほどと納得できました。その後、昼休みを挟んで18時近くまでやりました。長かったけど、勉強になりました。
2024年5月17日金曜日
宮台真司氏退官記念トークイベントVOL2!『宮台真司x外山恒一』
香港からかえる日、ホテルのチェックアウトまでと、羽田からのリムジンバスの中でと、帰ってから、宮台さんと外山恒一さんの対談を見ました。お二人の共通点があって面白かったです。
2024年5月16日木曜日
2024年5月15日水曜日
2024年5月13日月曜日
「平和と憲法」 朝日カルチャーセンター新宿校 オンライン アーカイブ 石川健治先生 國分功一郎先生 5/11放送
今日は、阿佐ヶ谷LOFTで宮台さんと外山恒一さんのトークのチケットまで取ったのだけれど、風邪をひいて、明日5時に起きなきゃいけないので、アーカイブで見ることにしました。今日は、旅の支度をしながら「平和と憲法」という國分、石川対談を見ました。イェリネックという学者はユダヤ人で、カントの言語で話すのだけれども、実は裏にはカバラの思想があり、日本国憲法にも影響を与えている。安全保障と集団的自衛権は違うもので、集団的自衛権は同盟。憲法9条は条約の制約。など新しく知る事ができました。昔の人は9条守る事を、文節化、言語化できてなかったというのが印象的でした。
2024年5月12日日曜日
2024年5月11日土曜日
2024年5月10日金曜日
「つながる塾vol.5 猿田さんにきこう!外交でどうやって平和をつくる?」 You Tube 1日前に配信 猿田佐世(外交イニシアティブ代表) 辻元清美(参議院議員)
立憲民主党が外交をどのように考えているのかを知りたくて、立憲民主党のチャンネルを見ました。外交の事をやっている、弁護士でもある猿田さんに辻元さんが聞いていきます。顔の見える交流ができると、戦争をしにくくなる。読売新聞の調査でも安保法制反対も結構いる。立憲は、専守防衛を掲げた方が票が取れるのに、保守派に配慮する勢力もありハッキリしない。東南アジアは「アメリカか中国かどちらかを選べ」に対して「我々に選択を強制するな」というのが強固な国是になっている。アメリカがタカ派と思われがちだが、アメリカは多様性の国なので反対の人たちも沢山いる。などが、知れました。ガザの問題の具体的解決策などは聞けませんでした。また、いくらいい理屈をいっても、実際にできるのかというのは、民主党政権を見ていて疑問に感じるところです。
2024年5月9日木曜日
「人の輪と哲学の夕べ」 三鷹Musashino Valley 坂上香先生x國分功一郎先生 対談
三鷹にあるMusashino Valley で坂上香さん(映像作家)と國分功一郎さん(哲学者)の対談を聴きにいきました。最初すごい雨の中、駅までコミュニティーバスでいきましたが、混んでいて時間も遅れていました。三鷹駅で武蔵野うどんを食べて、会場まで結構歩き、いく頃にはだいぶ小振りになっていました。うちから近いのと、少年犯罪の更生に興味があるのと、最近國分さんのXで紹介されていたのでいってみようかと思いました。「根っからの悪人っているの?」と題された対談は軽い気持ちで聴きにいったけれども、中身は重かったです。坂上さんは95年頃、アメリカの刑務所でAMITYと呼ばれる治療プログラムを見てきてドキュメンタリーにしました。それは、小さい頃、虐待を受けた受刑者が過去を振り返り、心を取り戻すプログラムです。そこでは、聞くに耐えない壮絶な体験が語られ、泣き叫び次第に人間としての成長をするものです。そして、日本にそのプログラムを導入した刑務所でTC=回復に向かうためのコミュニティーというもので受刑者が体験する様子を撮った、「プリズン・サークル」というドキュメンタリーも発表しました。これらの思想のもとになった『魂の殺人』を書いたアリス・ミラーも息子によると、虐待を見過ごした母親でした。そこには戦争の影もあります。『魂の殺人』では、虐待をされたものが人を冷酷に扱う最たるものがヒトラーでした。坂上さんの言葉で印象に残ったものとしては、「自分の心の痛みを知らないで、他人の心の痛みなんて分かるわけない」というものです。こうした話が終わって、國分先生と懇親会があるというので勇気を出して出席しました。最初店に入ってポツンと一人すわっていましたが、主催者の女性が話しかけてくれて、隣の女性と話しました。意外にも僕と同じく美大出身で、相手は武蔵美、話が続きました。國分先生はテーブル席で周りに囲われて話していましたが、先生が移動したのをきっかけにテーブル席に向かってすわり、女性が僕を吉祥寺に住んでる哲学を教わってる人です。というと、國分先生は「ざっくりとした紹介だな」と、そして「哲学は教わるものじゃなくて自ら学ぶものだ」と言われました。僕が朝日カルチャーセンターなどで学んでいますというと、「それは自ら学んでることだ」と「あと宮台さんが新たに作られた塾にも」「たくさん作っているよね」とか話しかけてくれました。他の人と話すと、國分先生には追っかけがいて、京都から追っかけてきたというファンの女性の方もいて、驚きました。そのファンの方も大阪芸大出身で美大生が多いなと思いました。もう12時も過ぎて、最後に店を出てみんなたむろしているところで、國分先生に「『スピノザ』を読んでいます。『スピノザの方法』も読みました。先生はアガンベンに会ったことあるんですよね。今アガンベンも学んでます」といって、主催者の方がツーショット撮りましょうというので、お願いすると、國分先生は僕に「マスク取るよね」といって撮ってくれました。女性が「SNSに載せていいですか」というと「僕は何でもOKですよ」といわれました。國分先生は次の店にいくとのことで、僕はお暇しました。あとは、小雨降りしきる中、三鷹駅まで歩いて、12:16の電車で吉祥寺までいきました。
2024年5月7日火曜日
「ハイデガー存在論の深層究明」第二回 朝日カルチャーセンター新宿校 オンライン 齋藤元紀先生
朝日カルチャーセンターのオンライン講座「ハイデガー存在論の真相究明」第二回 主要所概念から読み解く中後期思想、<第1期>「存在の問い」の新たな始まり―1930年代の思想をめぐって 第2回「真理」への問い―プラトンとの対決 を受けました。ハイデガーの思想は、これはこうなっているという断定ではなく、常に問いとして語られていることが分かってきました。自明性をひっくり返りして新たに問い直すことが勧められているのかな、と思いました。「存在の問い」、頭で分かるようなものではないのかもしれない。
2024年5月6日月曜日
荒野塾・特別編『災害と絶対性「当り前」などないと本当に知っているのか?』 オンライン 宮台真司先生
宮台真司先生が始められた私塾の一つ「荒野塾」のオンライン版に出席しました。宮台さんの説明では同心円状に中から、社会(ノモス)、<社会>、<世界>、があるということです。宮台さんの立場は「社会」から<社会>へでることで「力」を獲得できる、ということだと思います。質問コーナーで、僕は「社会から<社会>へ行くときに、危険性はないのか?」というものでしたが、残念ながら読まれませんでした。それに、比較的近い答えは、後ほど語られて、「つまんない」と「ワクワクする」の関係に敏感になれば道徳的になる、というものでした。あとは、ギリシア的主意主義、とエジプト的主知主義の比較をされました。宮台さんによるとギリシア的は「力が湧く」、エジプト的は「つまらない」に対応している。など、多岐にわたって議論されました。ネット越しでしたが、とても中身が濃く、熱が伝わってくるようでした。