2012年8月31日金曜日

「おおかみこどもの雨と雪」


細田守監督、アニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」を見てきました。

東京のある女子大生の出会った男の人が狼男で、彼女は彼の子どもを二人もうけて彼は死んでしまいます。
そして田舎にいって、二人のおおかみこどもを育てる物語です。

姉の名は「雪」。弟の名は「雨」です。

最初この映画の宣伝を見たときに、なぜ今狼男なのだろうか、と疑問に思いました。SFでも学園ものでもなく。

今でも、どこからこの着想を得たのか不思議な感じがします。

でも、評判なので結構期待していきました。

やはり、絵のきめ細やかさ、演出の細かさや、リアリティには卓越したものがありますが、あまりに演出過剰なところはちょっと鼻につくところもあります。

子どものころの無邪気さから、小学校高学年のちょっと大人びた感じをよく描き分けています。

基本的には、「子育て映画」です。なぜ今子育て映画なのかもなぞでしたが、どんどん引き込まれていきます。

この映画の特徴は、母親の花がひたすらいい子で、子どもたちのために懸命に生きていきます。普通なら、優しい一方で厳しさを出しそうなものですが、この映画ではひたすら花の母性が強調されます。

どんな時でも笑っていられる子になって欲しいという親の願いでつけた「花」という名。その名の通り、いつも笑って困難に立ち向かう姿に感動してしまいます。

僕自身は子どもはいませんが、姉が子どもを産むとき実家で産んでその子育てを見ていたことがあります。男の子と女の子。

それから、大型犬を仔犬のときから死ぬまで飼っていたこともあります。

その経験から、人間の子育ても動物の子育ても似ているところがあるという感じを持っています。
子どものころはやんちゃで、なんでもこわして、かけまわって疲れて寝てしまう。そんな子育ての中で子どもを見ると、一種野獣のようにも見えてしまうことがあります。

この映画の中の狼というのは、子どもの中の野獣性みたいなものの比喩なのかなとも思いました。

そして、この映画には母性だけがでてきて、父性は農家のおじいさんぐらいしかでてこないです。それは、この映画が、現代のシングルマザーの一つのモデルとしても機能しているためなのかなとも思いました。

狼として生きる道も、人間として生きる道もどちらも一つの「親離れ」の儀式として描かれています。

そう考えてみると、これは現代性もあるテーマなのかもしれません。

意外な着想の映画がでてきて、見終わったあと心温まって感動し、すこし切ない思いでした。
得をした気分です。

2012年8月29日水曜日

いじめ


講談社現代新書、内藤朝雄著『いじめの構造 なぜ人が怪物になるのか』と
中公新書、森田洋司著『いじめとは何か 教室の問題、社会の問題』を読みました。

いじめの問題が注目されていますが、いじめとはそもそもどういうものかを知りたくて読みました。
『〜構造』の方は、著者独自の理論に基づきいじめのリアリティに迫る記述を行います。それに対して『〜とは何か』は、学術的な観点から、国際比較などを行ってより抽象的な議論をしています。どちらも重要だと思いました。

『〜構造』の中では、クラスをなくせという、宮台真司氏の90年代の主張と同じことを具体的に提案していきます。

両書を読み、いじめは普遍的なものであるがそれが顕在化するのは現代という時代が原因でもあるということがわかります。

いじめに対して多くの人が感情的に反応しがちですが、それを客観的に考えないと実効的な対策ができないのではないかと思います。

そういう意味では、単なる感情論ではなく、これらの本のような客観的な分析を多くの人が読んで、実際に改革を行ってほしいと思いました。

2012年8月28日火曜日

2012年8月24日金曜日

2012年8月23日木曜日

2012年8月18日土曜日

『ホットロード』


紡木たく(つむぎたく)著、マンガ『ホットロード』を読みました。

父がいないで、母親に愛人がいて、愛されずに育った14歳の少女が「不良」になって、暴走族のリーダーになる男と付き合う物語です。

母親に愛されない孤独、「不良」になって親友以外周りから浮いた存在になる孤独、暴走族を見にいく時のワクワク感、実際ケンカで暴力を彼氏がふるわれるときの恐怖、それぞれの思春期の微妙な感覚を、繊細な淡い絵柄で描いていきます。

男言葉を使っていきがっているのに、ママに愛されたい、彼氏に会いたいという弱さをもっている、そんなところが、息づかいや心臓の鼓動まで伝わってきます。

そんな、切ない青春の淡いおもいや、若さゆえのたがの外れた暴力のこわさも伝わってきます。
ちょっと感情移入してみるとこわい感じもしますが、ある種の魅力も感じさせられます。

ある種の「不良」たちの甘く、苦い青春を繊細に追体験させられました。
優れた作品だと思います。

2012年8月17日金曜日

『オウム真理教の精神史』


大田俊寛著『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』を読みました。

オウム真理教の事件を、できるだけ客観的に宗教学の立場から分析した本です。
オウムの起源を、ロマン主義、全体主義、原理主義という三つの思想の流れから説明し、それぞれの思想を順番に解説していきます。

非常に分かりやすい分析で、だから少し深みが足りないという気もしますが、全体に過不足なく描かれています。

それぞれの思想のオカルト的な部分が怖いけれども、興味を引きもします。

地下鉄サリン事件は、オウムの最終戦争の序幕にすぎず、大都市に空中から大量のサリンを撒く計画もあったといわれ、恐ろしいなと思いました。

この本は、思想史的な流れとオウム真理教の発展史をよくまとめてあって大変読みやすいものでした。

オウム真理教の事件は、外から見てるだけなら、不謹慎ながらとても面白く、惹きつけられてしまうものです。そこが、危険であるということも自覚しながら読まなければならないとも思います。

2012年8月15日水曜日

『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』


大塚英志著『江藤淳と少女フェミニズム的戦後 サブカルチャー文学論序章』を読みました。

サブカルチャーについて知りたかったのですが、内容は文学の難しい話でした。

これまでの大塚氏の作品と重複しているところもあって、そんなに驚くことはなかったです。

やはり、自称戦後民主主義者の大塚氏が、保守の江藤淳を評価するのは面白いと思いました。

江藤はサブカルチャーと文学との間に線を引き続けた人でした。それが、逆にサブカルチャー側にいる大塚氏には信頼ができたのではないでしょうか。

その、江藤淳が自ら否定した堀辰雄の『幼年時代』と同じタイトルの自伝をのこして自ら命を絶ったのは、意味深長な感じがします。そのことが書かれています。
保守の人より江藤を理解していたのかもしれません。

2012年8月14日火曜日

『戦後 少女マンガ史』


米沢嘉博『戦後 少女マンガ史』を読みました。

戦前の少女雑誌から1980年までの、詳細な通史です。
これだけ詳細に書かれていて、著者のマンガに関する知識量におどろかされます。
しかし、古いマンガのはなしとなると、マンガ家や作品の名前をだされても知らないので想像できませんでした。また近くのマンガに関しては、細かい分析がなされているのですが、難しすぎて、少女マ ンガ初心者にはついていけな いところもありました。
しかし、貴重 な通史です。残念なことに著者は亡くなられていますが、これ以降の歴史も知りたいと思いま し た。

読書


本を読んでいました。

2012年8月12日日曜日

「千と千尋の神隠し」


宮崎駿監督作品、アニメ映画「千と千尋の神隠し」をDVDで見ました。

小学生の千尋が、八百万の神の風呂場である不思議な世界に紛れ込むという物語です。

前回のカウンセリングの夢分析で、夢の中でこの映画の主題歌の「いつも何度でも」の中の、「悲しみは数えきれないけれど」という歌詞を聴いて、涙が出そうになったといいました。するとカウンセラーさんが、どんなところに感動したの?ときいてきました。
僕は「ボロボロに傷ついても、夢をいだけるというところ」と答えました。するとカウンセラーさんは、夢の中に出てきた「センチメンタル」という言葉をひろって、「それは正しい解釈ではない。センチメンタル過ぎる」といいました。
それで「この映画のどんなところに感動したの?」ときかれ、「少女が成長していくところ」と答えたら、「それは自分の言葉じゃないです。自分の言葉で答えなければ、ひとの言葉で答えても意味がないです」といわれました。
僕はそこで、「主人公が、働かせてください、というところが、自分は働くのを恐れているところがあるのでいえない」とこ答えました。すると「そこは自分らしいけど、あとはひとの言葉」といわれました。

自分が心から感動して、涙が出そうになったのを「センチメンタルすぎる」といわれてショックでしたが、どこが違うんだろうと改めて曲を聴いてみると、ちょっと距離をおいて聴いたので以前より冷めて聴いていました。それが、僕にとっては結構残念でした。

そこで、作品本体をもう一度見てみようと思い、今日見ました。
ストーリーの奇想天外さはそのままで、そこにどんな意味があるのかは、分かりづらい。とにかく巨大な幻想的な世界に投げ込まれて、次々に事件に巻き込まれていっては、知らず知らずのうちに成長するだろうなと思いました。
以前より、少し距離をおいて見たので、以前よりはちょっと短い感じもしましたが、やはりさすが宮崎アニメだけあって、心に残るものがありました。しかし、やはりストーリーがめちゃくちゃな奇想天外なものなので、どこがよかったのか分析的に見ることが難しかったです。
ただ、最後に主人公の千尋が不思議な世界から両親と戻るとき、うしろをふりむいてじっとたたずむシーンがなぜか感動的でした。わがままな甘えん坊が、これだけきりりとした冒険をやってのけた、あの世界は何だったのだろうというのを成長した顔でふりかえる。なにかすがすがしい感じさえしました。
でも、僕にとっては、心動かされた作品であるのだけれども、それがどういう意味なのかはまだ言葉にできない。時間がたてば分かるのもしれないけれど、今は言葉を失った状態です。


一日中寝ていました。

2012年8月10日金曜日

2012年8月9日木曜日

『1Q84』


村上春樹著『1Q84 BOOK1<4月-6月>』『1Q84 BOOK2<7月-9月>』『1Q84 BOOK3<10月-12月>』を読み終わりました。

村上春樹。この毀誉褒貶の激しい作家の作品を初めて読みました。

なるほど、毀誉褒貶の激しさが分った気がします。

とにかくストーリーを人を引きつける。娯楽作品として超一流です。

文章は奇麗ですが、ちょっと気取ったところがあって、気に食わない人もいるでしょう。

問題なのは、出てくる登場人物、例えば「金持ち」とか「悪党」とかの描写があまりにも「マンガ的」なのです。そんな奴はいないよ、と突っ込まれるところでしょう。

ですから、自らハイカルチャーと思っている人からは、彼の作品はあくまでもサブカルチャーだと差別されてしまいます。
しかし、それを承知で見ればよくできている。

僕は他に、大江健三郎、宮崎駿に同じにおいを感じます。三人とも「素朴な左翼的」なところがあって、その素朴さにハイカルチャーと思っている人は突っ込みを入れます。ところが、そのような文脈を知らない海外では高い評価を得ています。原発反対などの声明をだすと、その国際的な知名度を頼って今度は持ち上げる人がでてくる。同じ構造です。

僕は、サブカルチャーと認識した上で評価するという大塚英志氏の立場に共鳴します。
単にサブカルとして見下すのでもなく、しかしハイカルチャーとは一線を画す。

物語自体は、これはこれで引きつけられました。しかし、パラレルワールドに入ったから変わったのがどこまでかわかりづらい。教団「さきがけ」がなければふかえりもいないはずではないか、とか。
1984年のノスタルジーをもっと出してもらっていいのではないかとも思いました。また、教団「さきがけ」の中の様子をもっと描いていても面白かったのではないか。リトルピープルや空気さなぎとは何なのか。その謎を解いて欲しかったし、それがいかなるものの隠喩なのかも知りたかったです。

しかし、最後は心温まるラストで、よい読後感でした。
いろいろ注文をつけましたが、面白かったです。

2012年8月8日水曜日

『私の居場所はどこにあるの?』

藤本由香里『私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち』を読みました。

著者の感想をもとに、いくつかのテーマごとに論じられた少女マンガ論です。

きれいに整理されていて、著者の主張も公平だと思いました。
とても面白い読み物でもありました。

ただ、年代別の系譜的な構成にはなっていないので、辞典的には使いにくいでしょう。
ずっと少女マンガについて、あるいは少し少年マンガについてついて話していったあと、最後に「新世紀エヴァンゲリオン」について、旧劇場版までですが、語っています。

物語の外的なものが、登場人物の内面のメタファーになっているというのはその通りだと思いました。

これだけ、少女マンガの名作を語ったあとでも「エヴァ」は特別なのだなとあらためて思い知らされました。

少女マンガはほとんど読んだことないのに、少女マンガ通にでもなった気分になりました。

広大な少女マンガの世界に少しでも触れられてよかったと思いました。

2012年8月6日月曜日

『Jポップとは何か』

烏賀陽 弘道著『Jポップとは何か-巨大化する音楽産業-』を読みました。

Jポップというジャンルがいかに生まれ、その後どのように成長し衰退していったかを丁寧な取材に基づいて描いた本です。

Jポップとは洋楽のような日本の音楽。
洋楽に近づいてという幻想を持ちたいところから生まれてきたが、実際には海外ではほとんど売れることはなかった。

90年代は、TVとのタイアップで数々のミリオンセラーが生まれたが、うまく作られた流行ともいえる。

ネットの流行でCDの売り上げはどんどん落ちてきたが、音楽自体は聴かれている。

などなど、興味深い話が多くのっていて面白い本でした。日本の音楽産業の構造がよく分かりました。

2012年8月5日日曜日

昼間、寝ていました。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.22 YOU CAN (NOT) ADVANCE.」をDVDで見ました。

90年代に話題になったTVロボットアニメの新しい劇場版の2作目です。

前作「序」はTV版に近く、総集編的であまり新たな感動を感じなかったです。僕の好きなキャラクターのアスカも出ていなくて。

今回は、アスカも出てストーリーもTV版とかなり変わって、かなり深刻な物語になってきています。

90年代後半、TV版は最終2話は主人公の心理描写で終わりました。いいたいことはわかるけれど、心理療法でいえば、認知療法的な結末でしたが、それだけでは収まりがつかない。見る方も、つくる方も。そこで「旧劇場版」ができました。僕はアスカが好きだったのですが、綾波レイの方が人気も重要性もあるのでアスカが軽んじられることを恐れて見にいきました。すると、アスカが重要な役割を果たしていて、庵野秀明監督にわかってもらえたという感じを持ちました。

テーマとしては基本的に「如何にして大人になるか」という問題です。

80年代は、消費文化の中、方や新人類と呼ばれる人たちが差異化のゲームに強迫的におどらされて、方やゲームからはじめから降りた人達がおたくとして引きこもった時代。
そして冷戦の終焉、市場開放な現在のグローバリゼーションの渦の中に日本も巻き込まれた時代。
90年代中盤には、進んだ子たちは援助交際にはしり、引きこもった子たちは宗教テロをおこした。

マッカーサーに12歳といわれた日本人は、今14歳になり子どもから大人へのうちなるイニシエーションが必要な時代なのかなと当時思いました。

そんな時代の旧劇場版は、僕は作者の気持ちが手に取るようにわかった。おたくのコアな世界に住んでいて、それ故におたくの限界にいち早く気付いておたくを内破しようとする意志。

「アスカじゃなきゃダメなんだ」
「イヤ」
アスカの首を絞める。

この心象風景は、当時もういい歳をした僕ですが、自分の中のものでした。ただ、自分なら首は絞めないとは思いましたが。

エヴァの魅力には、普通の学園生活と人類の生死を分つ戦いが並列して描かれている面白さがあります。
新劇場版では、時間がないのでしょうがないですが、学園生活の明るい部分とかアスカの心の屈折や痛みがあまり描かれていなかったのは、少しさびしい気がしました。


アスカがちょっと表情も暗く描かれていて、名字も変わっていて、少し残念でした。
アスカの乗ったエヴァが倒されて、カプセルみたいなやつも壊されるところは、アスカは本当に死んじゃうの?!とショックを受けました。

ストーリー的に劇場版内に終わらせる必要があるのでしょうが、敵である「使途」が強すぎて、何回エヴァが壊されるのかとハラハラしてしまいました。

最後に、綾波を助けるためにエヴァで頑張るシンジ。それが新しい生命体を生む、そして世界の3回目の破滅であるサードインパクトがはじまるというところは、どこかで見たことがあるなと思ったら、去年話題になったアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」のラストに似ていると思いました。
友だちのためを思って、魔法少女になるまどかは約束に過去の魔法少女を助けるために自分は「概念」になってしまう。それによって世界のルールは書き換えられる。感動的だけれど怖いラストですが、この新劇場版ヱヴァの影響もあるのではないかなと思いました。

90年代は暗い時代だけどその退廃的な雰囲気が好きでした。そして2000年代は逆に明るい時代になるのかと思ったけれども、もっと深刻な時代になったようにも思えます。

僕自身も、いい歳をしてまだ大人になることがテーマであり続けているようです。

この新劇場版は、心理描写よりも実際に敵がきたので戦わざるを得ないという感じで進んでいって、旧劇場版よりも心理描写に力がこめられていない感じもします。

旧作の時には、監督自身の病気な部分がストレートに出ていて、それが人々を引きつける魅力にもなっていたと思いますが、新劇場版は病気の部分をもっと洗練させて完璧な作品を作り直そうという意志を感じました。
その通り、画面の迫力、動きのかっこよさは過去のどんなアニメよりも上でしょう。そして、病的な部分も「序」よりも出ていたと思います。

それと、もう一つのこの作品のテーマは世界の終わりです。それが、子どもから大人になる主人公たちの内面とシンクロしているのですが。
今回は、早くも第二作でラストに世界の終わりが予兆されていて、見る方も深刻になります。この「世界を全て含んだ」内容で、作品自体が「全世界」を巻き込んでいる印象を与え、他の作品よりも大きな眼で見るようにさせます。

最後に予告編で、アスカの姿が一瞬映ったので嬉しかったです。

2012年8月4日土曜日

『ポピュラー音楽の世紀』

中村とうよう著『ポピュラー音楽の世紀』を読みました。

ポピュラー音楽といえばアメリカだとばかり思っていましたが、それ以外の国でのポピュラー音楽について詳しく述べてあります。

そして、アメリカのポピュラー音楽は、資本の力学で音楽のよさを喰いちらかしているといいます。

今までの、ポピュラー音楽の考え方を変えさせられた本です。
それにしても世界中のポピュラー音楽についての知識の広さと深さには感心させられました。

2012年8月2日木曜日

『『りぼん』のふろくと乙女ちっくの時代』

大塚英志著『『りぼん』のふろくと乙女ちっくの時代 たそがれ時にみつけたもの』を読みました。

宮台真司他の『サブカルチャー神話解体』で、「乙女ちっく」というジャンルがあることを知ってはいましたが、具体的なイメージを持てないままでいました。

この本は、少女まんが雑誌『りぼん』のある時代にふろくと連動して、「乙女ちっく」というジャンルのまんがいかに生まれてきたか、そしてそれはどういうものなのかを、図版も多くのせ紹介しています。

この本を読んで、宮台本の理論的な枠組みにかたちを与えられたようでした。

有名な宮台氏による解説は別の本で読んだのですが、この本を読んでまた納得しました。

とにかくこの時代の特徴、「モノ」から「記号」への消費社会の変化に伴う「かわいい」の誕生がスッキリと理解できました。

2012年8月1日水曜日

夏休みの買いだめ

夏休み一人なので、買いだめできるものをAmazonで注文しました。
でっかい段ボールが5つきました。