今日は、朝日カルチャーセンターでの「マルクス『資本論』1日講座」に行ってきました。
「商品」には、「使用価値」と「交換価値」があるとマルクスは考えます。
そして、交換とは非合理なものだといいます。
「貨幣」もひとつの「商品」ですが「貨幣」の特殊なところはそれ自体が価値であるということです。
「労働力」も「商品」ですが「労働時間」という「量」で計られます。
「交換」の非合理性とは何か。
「金(きん)」はなぜ価値があるのか。
ただ、さびない、加工しやすいだけなら他の金属もあります。
「金」が価値をもつのは、そこに「聖なる」「たましい」が埋め込まれているからと考えます。
それは、希少性の高い「金」を得るのに血と涙にあふれる「労働」が加わっているからです。
紙幣への信頼は、その発行元である国家の信頼に由来します。
しかし、昨今では国家の信頼も失墜してきています。
今、「金」が史上最高値をつけているそうです。
「金」にはそれだけの「価値」が備わっているからです。
そして、「労働」は「鎖」であり「受苦」であるとマルクスは考えますが、しかし同時にその「受苦」によって社会的連帯が生まれるとも考えていました。
単純に「労働」の「鎖」を解き放てば全てうまくいくと考えるほど、マルクスは単純ではありません。
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