2010年9月4日土曜日

社会契約論


J.J.ルソーの『社会契約論』を読みました。

ルソーに興味を持ったのは、はじめは去年の「芸術人類学」の授業で中沢教授が、レヴィ=ストロースがルソーを人類学の父だといったいう話を聞いたのが一つです。

ルソーといえば近代社会の基礎を築いた人というイメージがあったので、近代を批判するというのに不思議な気がしたからです。

確かに「自然にかえれ」という言葉も有名で、自然を愛しながらそれでも近代化するにはどうしたらよいか考えた、深い人だと思いました。

『孤独な散歩者の夢想』という題の本もありますが、僕自身の心情とも重なり親しみを覚えました。

次に、哲学者の東浩紀さんが、ルソーの「一般意思」を現在の情報技術を使って実現できないかとうったえられているの知って、「一般意思」とは何だろうと思ったのも、この本を読もうと思ったきっかけの一つです。

まず、ルソーの伝記を読みました。かわいそうな境遇に生まれてきたけれども、正直にまじめに生きた人だと思いました。自ら里子に出されたのに、自分の子も孤児院にあずけてしまうというのは、AppleのCEOスティーブ・ジョブズの伝記にもありました。親の愛情を知らずに育った人は子供にどう愛情をそそいでいいのかわからないのかなと思い、かわいそうに思いました。

『社会契約論』は、読んでいくと「主権」とか「政府」とか「立法者」とか色々な概念がでてきて、政治学を知らない僕などには、こんがらがってしまって何がどう関係しているのか正直、理解できませんでした。

同時代のホッブスやモンテスキュー、マキャベリの影響を受けていて、古代のギリシャ、ローマなどの政治の知識も豊富だということはわかりました。

基本的には、人民の「一般意思」が最も大事で、譲渡も分割もできないし、決して誤らないという主張だということはわかりましたが、どこまで正確にルソーを理解したかということはおぼつかないです。

これから、他の近代哲学者も読んでいこうと思っています。

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