2009年6月30日火曜日

呪術


 今日の「芸術人類学」は、始め先週とは別の「クラ」(未開人の島々を贈り物がまわる儀式)のドキュメンタリーを見る。先週見たのより20年ぐらい後にオーストラリアで作られたものらしい。
まず、オーストラリアの白人が原住民の中に入っていっしょに「クラ」を体験したり、原住民出身の人も近代的教育を受けてビジネスパーソンになっているにもかかわらず、「クラ」に参加したりしてるのを紹介する。
つまり、この講義のキーワードである「贈与」の経済に「等価交換」の原理がかなり浸透してきている。
しかし彼らは貨幣経済(=「等価交換」)では「価値」は伝わらないことをしっていて、この二つを使い分けているようだ。
ドキュメンタリーの中に原住民の偉い人が瞑想するシーンがある。そのとき彼は周りのものと一体になる。
「私の口は鳥の口」(だったっけ?)「私の感覚は虫の触覚」という。
中沢先生によると、これを作ったディレクターはおそらく70年代の「ニューエイジ」の影響を受けていて「ゲド」とか「ドンファン」を読んでいたのではないかという。
では、そもそも呪術とは何か?
ギリシアでは呪術のことを「ファルマコン(pharmakon)」といい、後の pharmacy (薬局)の元になったことばで、薬と関係あることばらしい。薬というのは飲み過ぎると毒になる。呪術というのも、白呪術と黒呪術があるという。呪術とはそういう両義性、曖昧さを持ったものだという。社会的には倫理によって黒呪術は普段は使わないが、白呪術には黒呪術が必ず裏についてくるという。私のあたまのレベルでは「スターウォーズ」に出てくるフォースのダークサイドのようなものかな?と思った。(以前、教育テレビで神話学者のジョゼフ・キャンベルが「スターウォーズ」は現代の神話だといってた)
そしてその、「ファルマコン」を完全に否定したのがソクラテスだという。
ソクラテスにとって大事なことは「善」と「悪」をはっきり別けて「真理」を目指すことだった。それを、愛知=「哲学」と呼んだ。
それから、キリスト教も善と悪をはっきり別ける(魔女狩り)。近代自然科学もものごとを白か黒かはっきり別ける。だから、西洋はソクラテス以来ずっと「別ける」方でやってきた。それが今、地球との一体感も失い、自然を対象としてしか見ないので自然破壊がすすんできたと。
gift=「贈与」の世界は不合理な世界だが、もう一度その不合理な「呪術的理性」を見直すべきじゃないかと、中沢先生はいう。それはレヴィストロースによって「野生の思考」と呼ばれたものだ。

2009年6月27日土曜日

宮台真司


今日は朝日カルチャーセンターで、私の最も好きな学者、社会学者の宮台真司さんの講義をききに行った。
私が朝日カルチャーセンターに行くようになったのも宮台さんの話が聴けるからだったような気がする。
むかしTBSラジオの「荒川強啓デイキャッチ」を聴いてたらコメンテーターで、若い学者がいた。当時、茶髪にしてコンビニの前でたむろしてるような若者をどう思うかというのが、その日のテーマだった。
司会の強啓さんは怒るべきだという主張だった。
私は、むしろ彼らは、叱ってくれる大人を無意識に求めているんだと思って、怒る事が彼らのためになるんじゃないかと思ってた。さて、学者は怒る必要はないという。
私には意外な意見で、どんな理屈で説明するのかきいてやろうと思った。そうしたら、学者は「これが彼らの適応だと思うんですね」といった。
めずらしい考え方だなと思った。
普通は、「大人が厳しくしろ」か「子供たちの気持ちを大切にしよう」のどちらかが多いが、どちらとも違う。
私は「この学者は、限りなくやさしく、限りなく冷たい人だな」と思った。若者を徹底的に突き放し、しかし彼らに最も望ましい社会を作ろうとしている。
さらに彼は「共同体の復活は無理でしょう」という。
私は「ついにこういう人が出てきたか。共同体のよさを味わったことがないのか。もし、共同体のよさを知っていながら言ってるとしたら、すごい人だ」と思った。
それから、毎週ラジオをテープに録って、彼の本を読んで、講義を聴き、だんだん彼の言おうとしてることがわかってきた。
はじめて彼の講義に出たのが「オウム事件」の前だから少なくとも10年以上、聴き続けていることになる。(途中入院などして聴けない時期もあったが)
はじめのころは、あまり有名でなく「援助交際」が話題になってからテレビに出たりして有名になっていく。
私は、自分の好きなマイナーなアイドルが有名になっていくようなちょっとさびしい気もした。自分だけが知ってるぞ、と思ってたのに。
そのころから講義に出るも人が多くなってきて、みんな宮台氏を褒めるが、私は「この中で、数年後まで聴き続ける人が何人いるかな?」と皮肉をいいたくもなった。
宮台氏の思想は、いくつかの画期があるので総監するのは大変だけど、私なりにまとめてみると以下のようになる。
第1期「脱構築期』
今(当時)我々が信じている常識が、比較的新しく、ある特定の目的のために作られた物で、もはやその存在意義はなくなっている事を暴露して相対化する。
「売春の非合法化」「近代的学校」「近代的家族」「共同体」「国家」などを解体していく。
主な著書「サブカルチャー神話解体」「制服少女たちの選択」「終わりなき日常を生きろ」「援交から革命へ」「まぼろしの郊外」「世紀末の作法」
第2期「実存期」
さて、今までの仕事で多くの物を相対化してきた。では、そのあらゆるものが相対化された社会で、われわれはどう生きればいいのか?
これは、読者の問いでもあり著者自身の問いでもあった。
主な著書「学校的日常を生き抜け」「サイファ覚醒せよ!」「これが答えだ!」「自由な新世紀・不自由なあなた」「美しき少年の理由なき自殺」「野獣系でいう!!」
第3期「世直し期」
いままで、社会の事を相対化してきて「社会の問題と実存の問題を分けろ」と主張した人が、自分は実存の闇に沈んでいくような時期を過ごした。そして、再び自らを「リベラリスト」と定義して、社会の変革を主張するようになる。
恐らく、実存の問題も突き詰めていけば社会の問題にぶつからざるをえなかったのではないか?
実存期の宮台氏は、読者にうったえかける形をとっているが、著者自身が苦しそうだった。自分への回答としても書いていたのではないか?その苦しさや不満を「社会の構造」特に当時は日本の近代化されてない部分にぶつける。
主な著書「透明な存在の不透明な悪意」「学校を救済せよ」「人生の教科書 [よのなか]」「人生の教科書 [ルール]」「リアル 国家論」「『脱社会化』と少年犯罪」
第4期「主意主義の称揚期」
思想の変化には、やはり時代背景が重要な意味を持つ。
一つには、宮台氏が第1期で主張していた変化が、現実の物になり、ティーンエイジャーの茶髪も男の茶髪も全く珍しくなくなってきた。家族や学校、会社や地域社会もつぎつぎに崩壊していった。相対化はもう必要なくなった。
次にどう生きるか?という第2期の問題にもどるが、それはあまり解決されたとは思えない。さらに第3期の「リベラル」な社会への変革は、徐々には進んでいるが、一方では現実に古い日本がどんどん変わっていく中で、保守系の人たちの反発が激しくなっていく。もともと左寄りのメディアとして期待されていたネットが極端に右傾化してくる。かなり「リベラル」を名のるのが苦しくなってくる。
そこで、いままでの「リベラル」な「近代主義者」という立場と「右翼」との両立の模索が始まる。そこで、出される理論が「主意主義」と「主知主義」の対立図式で、自分は始めから「主意主義者」であり、それは「リベラル」とも「近代主義」とも矛盾しないという理論を展開していくことになる。心理学的に見ると第2期もこの第4期も生き方の指針を示してはいるものの、端から見てると何か苦しそうに見えてしまう。恐らく苦しいんだと思う。
しかし、自分の社会思想を世間に主張する人は、多かれ少なかれ苦しいものなのだろう。
著書は、読者に対する答えというよりも、著者のこころの叫びのようにも聞こえる。
主な著書「絶望から出発しよう」「挑発する知」「絶望・断念・福音・映画」「亜細亜主義の顛末に学べ」「宮台真司 interviews」「日常・共同体・アイロニー」「限界の思考」「宮台真司 ダイアローグス」「幸福論」「『世界』はそもそもデタラメである」
第5期「啓蒙期」
今まで社会に対しても、生き方についても攻撃的、挑発的な発言が多かったが、最近はあまり挑発的ではなく落ち着いて今までの自分の理論を丁寧に解説するようになってきた。「14歳からの社会学」の中には母親との感動的な別れの場面が淡々と描かれいて、なにか一つ山を超えたのか、落ち着いて丁寧に語られるものが出てきた。
いままでの宮台本はオーソドックスな社会学とは一線を画していたような、著者の感情の発露のようでもあったが、最近の著作では「日本の難点」が新書で1位をとったり普通の人にも受け入れられるようになってきた感じがする。
主な著書「14歳からの社会学」「日本の難点」
と、ここまでは前置きでこれから今日の講義を書いていこうと思う。
もともとは、お弟子さんの堀内進之介さんとの3回シリーズの対談で毎回二人の思想家を解説することになっていて、今回はローティとコノリーとなっているが、話はどんどん広がっていろんな人が出てくる。
まずはウォルツァーとM.ウェーバーが出てくる。ウォルツァーは「Wiki」によるともともとリベラル左派だが「先制攻撃」を擁護したり「汚れた手」といってネオコンやナチの国法学にも通じる事を主張する。しかし、宮台さんはだからだめだとはいわない。これはかのM.ウェーバーの「職業としての政治」と共通する理論があるという。
さらには、ファシストにもいいファシストとわるいファシストがいる、私は自分をいいファシストと言っている、とかなり挑発的な言い方をする。
自分の立場を、
1.共生原理を重視する。
2.ファシズム(ある種のパターナリズム)を肯定する。
3.宗教的正統性を擁護する。
4.批判の実践をする。
と表明する。
話は民主主義から始まり、「民主党政権」ができたら、任せられるかという議論をする人がいるが、議論の立て方が間違っているという。民主党に任せるのではなく、政治家に任せていた権力を、国民が自分のものにするかどうかという問題だという。情報公開も裁判員制度も国民がうまく
国を操縦するための条件だという。
では、日本国民はうまく国を操縦できるかと問い、答えはNOだという。
欧米では、子供の時から「皆で決めた事は間違っている」と考える。しかし、他の決め方よりはマシだということで民主的に物事を決める。
一方戦後、日本人は「皆で決めた事は正しい」と思わされてきている。そこが間違えだという。
私はあるテレビで見た事を思い出した。「午後は◯◯おもいっきりテレビ」で、憲法記念日か何かで、みのもんたさんが憲法ができた時のエピソードを紹介していた。それは、ある少年二人がケンカをしていた。そこに、学校の校長先生が通りかかった。校長がケンカをしていたのかどうかきくと、相手をかばって、「してません」と少年は答えた。それをきいた校長は、仲間を嘘をついてまでかばうなんて素晴らしい。これからは「民主主義」の時代だ民主主義とは皆で仲良くする事だ。だから、君の態度は素晴らしい。という話が紹介されてた。まずそもそも、「民主主義」というのは、みんな仲良くすることではない。いったいどういう脳みそをしているのかこの校長は。「民主主義」とは、政治的決定に(条件を満たした)国民が参加する事であり、場合によってはけんか別れする事もあるのが「民主主義」なのに。「民主主義」=よいこと=みんな仲良く、という頭の悪い理解しかしてない事に驚いたが、日本人がいかに民主主義を理解していないかを示すいい例だと思って覚えていた。往々にして「共同体主義」的温情を「民主主義」的だと歪曲する事は、日本ではよくある事なのでこの校長先生を笑える人が何人いるだろうか?
まあ、ことほどさように日本人は民主主義を理解していない(「民主主義」を否定する側も肯定する側も)ので、国民に国を正しくコントロールすることはできない。
そこで宮台さんが出した解決策は単純で「エリート教育」をすることだという。
エリートと言っても偏差値の高い大学にはいった人という意味ではないのは当然。能力がありしかも利他心がある人。「民主主義」のアイロニーを理解できる人のこと。
そのアイロニーがわからなければ、さっきの校長先生と大同小異。
宮台氏は文化多元主義者なので、近代に反しない限りでの多様性を肯定する。しかし、その多様性を育む方法自体はデューイのいう感情教育であり、埋め込みである。ある種の強制である。当然危険もある。エリートが正しいと思ったものでも間違うこともある。
これは、私(鈴木)が思ったことだが、かつてアメリカでケネディ大統領のもとハーバード出身のブレーンを作ってthe Best and the Brightest といわれたが、彼らがやったことはベトナム戦争だった。つまり、エリートでも間違う。(後にマクナマラ元国防長官が当時の政策を自己批判してるのをテレビで見たが、あるいみそういうことがいえるのはやはりthe Best and the Brightestだなーと思ったことがある)
しかし、間違えるからエリートに任せるべきでないのか?
宮台氏はいう「無作為も『無作為』という作為だ」と。
つまり、やっても作為やらなくても作為、だったら少しでも良い結果を残す可能性の高いものにやらせるべきだろうと。
はなしが少し複雑になるが、多元性を認めるために、その価値観を埋め込む教育をする。
大きな目的は「文化多元主義」であり、自由な社会を目指すが、その手段としては「非民主的」方法を用いる。
たしかに一つの矛盾でもあるのだが、じゃあそれよりよい方法があるのか?ないならそれを選択せざるを得ない。いくら危ないとはいえ。(もちろんその危険性を十分理解した上で)
これが、第4期以降の宮台氏の重要なキーワード「アイロニー」である。
宮台氏の立場からすれば「アイロニー」は、否定的ではなく、頭のいい本物のエリートにとっては必要不可欠の重要な要素であり肯定的にとらえられている。
それを、はっきり理解しているのがローティーだという。
だから、何が正しいかの線引きは常に恣意的だが、「恣意的」だということを理解した上で誰かが線を引かないと社会はまわらない。そのために真のエリートを養成する必要がある。そして、一般人には100の理屈よりも1つの実践。感情教育を強制的にでもする。それはパターナリズムであり、ある種のファシズムである。しかし、民族主義的ファシズムではなく多元主義のためのファシズムである。
だから、宮台さんが挑発的に自分はファシストだというが、それはあくまでも手段だということを知っておく必要がある。ファシストだからけしからん、とかファシストだから民主主義くそくらえ、という人を宮台氏は「バカ左翼」「バカ右翼」という。
このようなアイロニーと危険についての考察は現代の政治思想の最先端の問題なのに、日本で理解してる人が少ないのを嘆いていた。
またM.ウェーバーにもどれば「責任倫理」と「心情倫理」というこなのだろう。日本では責任倫理はあまり問われない。しかし考えていけば誰でも自分(宮台)の立場にたどり着くのではないかと言っていた。
私(鈴木)の感想は、このことは宮台氏がここ数年繰り返し言ってきたことで、私なりには理解したつもりだが、こういう議論は、わかる人にはわかり、わからない人には何度言ってもわからないものだから、もうこれ以上わからない人にいわなくてもいいんじゃないか?もちろんふるいにかけるという意味では意味があるんだけど、これは議論の前提であって、次にじゃあどうするのかを考えていきたいと私は思っている。この話を一般人向けに言って、理解してもらおうと思ったらフラストレーションがたまるだけだろうと思う。わかってる人の前だけでいえばいいのにと思う。
ただ、私の立場はパターナリズムの有効性はある程度は認めるが無条件で賛成とはいえない。宮台氏は(いくら自分で否定しようとも)エリート層に属し決定する側だが、私のような一般人は、やはり無理矢理埋め込まれるのは怖いし、たとえ正しくても一応、一般の人々が賛成したうえで教育を受けられるようにして欲しいと思う。
まあ、今までと基本は同じことを言っているんだけど、聴いてること自体いい刺激になる。
宮台氏の講座、それから宮台氏の師匠見田宗介さんの「社会学入門」を読む講座があるのがわかったが土曜の昼間は編集の学校があるので行けないのが残念。

2009年6月23日火曜日

芸術人類学


人類学者の中沢新一さんが多摩美に来て、もう何年になるんだろう。多摩美70周年かなんかのイベントで講演を学部時代聴きに行った。ちょうど、中沢さんが多摩美に来て芸術人類学研究所を開設するとき。同じ日に、多摩美出身のユーミンのコンサートもあったが、そちらは行かなかった。
私は、中沢ファンではなかったが、自分の大学に有名な学者が来るのはうれしくて、どんなものか聴きに行った。
カルチャーセンターと違って、無料だし。
私が最も影響を受けたのは、社会学者の宮台真司さんだったので、中沢さんの本は読んだ事もなかった。
しかし、その講演(まだ多摩美とムサビを間違えたりしてたころ)は、今までの学者と全く違った目のつけどころで話されて、こんな考え方もあるんだと驚いた。
先ず最初に自分は子供の頃、小学校の国語の時間かなにかにふと、「世の中は全部ウソでできているんだ」と悟ったという。でも子供だから、それを表現したり、伝えたりするすべがなかった。
大人になって大学(東大)に行っても心に残る授業はかった。
そして宮沢賢治の話になって、賢治の生徒たちはその授業が生涯忘れられなかったという。農業と芸術を結びつけるなんて誰も考えた事もなかったといわれた。
それから、大昔の東京の地図を配り、昔、陸の突端だったところで学問が始まるといわれた。東大も慶応も早稲田も陸の突端だったらしい。詳しくは覚えてないけど、「アースダイバー」という本を出しているのでそこに書いてあるかもしれない。そして、多摩美も多摩丘陵の先で、ムサビも武蔵野丘陵の先らしい。
おもしろいものの見方をするんだな、と思った。
普通は学者は「右」か「左」かとか。どうすれば儲かるかとか考えてる感じがしてたので、予想外で面白かった。
残念ながら、私の通っていた上野毛校舎では授業はなかったので、それ以上聴くことはできなかった。
是非、上野毛でも教えて欲しいと今でも思う。というのは映像演劇学科というのは上野毛にしかないから。将来の演出家や映画監督にもせっかく同じ大学にいるのだから、影響を与えて欲しい。
大学院に行ったら教えてもらえるかなと思ってたら、芸術学科の人しか受けられない。他の先生に「聴講はできますか?」と、きいたら「研究室にきいてごらん」というのできいたらいいというので、聴講する事にした。
はじめの授業で「デザイン学科なのですが聴講させてもらってもいいですか?」ときくと、あっさり「いいですよ」いわれたので安心した。
単位も取れないのに、物好きと思われるかもしれないが、カルチャーセンターでは1講座2500円とられるから、これがもしカルチャーセンターだったら1年20講座とったら5万円かな。
それがただで聴けるんだから、私はお得だと思ってる。
では、そもそも「芸術人類学」とは何か?
同名の本も出てるので、知ってる人は知ってるかもしれないが、簡単に私の理解した事を書く。(あくまで私の理解なので、間違ってるところがあるかもしれないが、ご寛容に)
まず、評論家の吉本隆明さんの1960年代の古い、しかし今でもうってる有名な本「言語にとって美とは何か」から始まる。(ちなみに宮台氏もこの本を参照することがある)
そのなかで、言語には2つの軸があるという。縦軸が「自己表出」横軸が「指示表出」。それぞれ「価値」と「意味」に対応している。「自己表出」とは、感嘆詞のような、意味はないけどつい口に出ちゃう言語。「指示表出」とは、文字通り何かを指し示す言語。そして「指示表出」の方は指示される対象があるので数えられる。従って、そこから生まれたのが「等価交換」つまり物事を一つのモノサシで計れる世界。そこから「市場経済」が生まれた。
一方「自己表出」の方は数えられない。そして、無意識の中でつながっていると中沢先生はいわれる。そこから生まれるのが芸術や宗教であり、さらに、この講義のキーワードである「贈与」だという。
「贈与」とはあらゆる宗教の根源だという。
つまり、我々は「神」なり「阿弥陀仏」なりから「与えられた存在」であるという。
神は何の悪意も善意もなく、森羅万象すべてのものに「与える」なんの見返りも求めない。一方的に「与える」。
逆に言えば、全てを与える「贈与者」のことを我々は「神」とか「仏」とか呼ぶのではないか。
そして、その贈与の仕組みを、神秘主義的ではなく理論的に考える学問が必要だという。
「言葉」の話から、すごいスケールのでかい話になったなとワクワクした。
そして、「言葉」の世界はドーナッツのようになっていて、どうしても真ん中に穴があいてる。中心に行こうとしてもどうしても行けない。それを、厳密に数学的に証明して見せたのがゲーデルだという。(ちなみにゲーデルは「真であるにもかかわらず、けっして証明できないゲーデル数G」を厳密に数学的に証明してしまったので、タブーに触れた自分は殺されると思って、毒が入っていると思い食べ物を食べられずに拒食症で餓死した。晩年は宗教に興味が向かい「神の存在論的証明」を1970年2月10日に書く。なんで覚えているかというとその日は私(鈴木)の生まれた日だから)
まあとにかく、今までは「指示表出」「意味」の世界で「市場原理」でやってきたけど、これからは「自己表出」「価値」「贈与」についての学問が大事なのだがこちらはあまり研究する人がいないという。
バタイユの名前も一瞬出てきたからまた出てくるかもしれないが、「贈与」といえば、モースの「贈与論」や「ポトラッチ」の研究があるじゃないかと思ってたら、今日モースの話が出て、西大西洋の島々で行われる「クラ」という「贈り物をする」慣習についてのビデオを見せてくれた。未開人が贈り物をすると話ではきいていたけど、具体的にどうするのかは知らなかった。宝箱のようなものに入れて渡すようなイメージがあったが、ビデオを見るとだいぶ思ってたイメージと違ってた。
まず、何十人もの人々がカヌーに乗って隣の島へ行く。1ヶ月か何ヶ月か滞在して。お互いに懐かしがって腕輪のような物をもらってくる。行く前も家族と涙の別れがあり、帰りもその島の人たちとも涙を流して別れる。
これを何世代にもわたりずーっとやり続けてきたそうだ。
たしかに、島の中での生活だけだと飽きてしまって、ちょっと冒険で隣の島にも行ってみたくなるだろうなと思った。そのための口実の儀式かなとも思った。しかし、本人たちは真剣。命の危険もある。しかし、その島々の人たちは自然とこういうルールつくるってのはおもしろいと思った。
ビデオ見終わって先生は「我々、人間は独立してあるから孤独でしょ。そこで、物を交換する事によってコミュニケーションの通路が生まれる」「アフリカのことわざに山は出会わないけど人は出会う」というのがあると言って、コミュニケーションの大切さを教えてくれた。

2009年6月22日月曜日

写真

今日は、多摩美の八王子校舎で白黒写真のプリントの実習があった。希望者だけなんだけど、写真に興味があったので参加した。10人くらい参加して、最初に説明があって、これならやっていくうちに出来るだろうと思った。やってみると面白い。結局はどれくらい光に当てるかということなんだけど、写真の原理を、体験を通して学べたことはいい財産になると思った。
学部時代、デザイン学科なので「写真」という授業もあった。そこで、私は公園でパフォーマンスしてる人やフリーマーケットしてる人を撮った。
そして授業に出ると、他のデザイン学科の人たちは、「空」とか「ブラインドにかかった影」とか「暗闇の中で長時間露光して出来た光の軌跡」とかを提出して、先生も「おもしろいね」と褒めてた。それに比べると私の作品のいかに凡庸なことか。そのショックがあって、おもしろい、あるいは美しい写真を撮りたいと思って、写真への興味が湧いてきた。
学部4年の、春休みにロンドンに英語を勉強しにいったとき、ロンドン芸術大学の写真のショートコースにも参加した。
そこでは、まず先生が紙を渡し、ペンをテーブルの上にパーンといっぱい投げて、「これからいう単語を点と線だけを使ってあらわしなさい」といわれたり、「紙を使って自分を表現しなさい。立体でも平面でもいい」といわれたりした。(ちなみに多摩美の入試も紙立体だった)
多摩美の経験があったから、とまどわなかったけど面白いと思った。ロンドン芸術大学は5つぐらいのカレッジで構成されていて、私のいったセントラル・セントマーチンズというのは、関係者曰く「10年に一人天才が出ればいい」という感じでひじょうに個性を重視するらしくて、多摩美にもにてるなと思って、将来留学したいと思ってて、試しにショートコースにいったのであった。
そこで習ったことをさらにいえば、36枚フィルムを36分で撮れというもの。まず、自分の感じた物があればすぐ撮れ。考えるなと。(先生は「撮る」ことをかっこつけて take ではなく shoot という)
さらに、ひとつのストーリーを決めて撮れ、と。
たとえば、バスならバスだけを、看板なら看板だけを一貫して撮れといわれた。色々いい勉強にもなったし、世界中から来ている若者たちの感性に触れていい刺激にもなった。
今、私はトイカメラと呼ばれる単純なフィルムカメラを携帯している。露出もピントも変えられない。フラッシュもない。まず電池を使わない。それに、毎回いろいろなフィルムを入れて、違いを見分けようと思っている。
そうしてるうちに、段々、面白いものを見つける目が養われ、光とカメラのことも意識できるようになるのではないかと目論んでいる。始めからオートフォーカス、オート露出だと学びにならないかなと思って。
まだまだ、勉強中だけどいずれいい写真が撮れるようになれればうれしい。
ちなみに、上の写真は今日プリントした「姉の子供時代」。

2009年6月21日日曜日

アニマルセラピー


約10年前、父が会社を定年退職した。
昭和一桁の典型的会社人間で、家にいても周りの女子供の話にもついてこれず、疎ましがられていた。
姉が夫婦喧嘩をして出戻った時でもあった。
姉の子、下の女の子がまだ小学生なのに、ひとりで家出をしてうちにやってきた。
親は、姉に早く家へ帰れとプレッシャーをかける。姉は、誰もわかってくれないと精神的に不安になっていた。私も引きこもりがちで、家として不健全だなと思った。そこで私は親に、「姉は今、心と身体を休める時期なのだからプエシャーをかけるな」といった。姪っ子にはこの期間が心の傷にならないように、いっしょに遊んだり、いろんなところに連れて行ったり冗談を言って笑わせたりしていた。
父は皆に疎ましがられ、一番声をかけやすい姪にばかりちょっかいをだしていた。それを、姪はすごく嫌がっていた。
この家の問題は、まず父が不安定なので、それで母が不安定になり、さらにそれで姉や私が不安定になり、姪が不安定になる、と考えた。
そういうぬれ落ち葉状態をなんとかしないと本人も家族も不幸だと思った。
そこで私が考えたのが父の精神状態が安定することだと考えた。そこで、犬しかも大型犬を飼おうと思った。家族が増えて困っているときにさらに大型犬?と思われるかもしれないが、その前に、アニマルセラピーの本や犬の本を読み、朝日カルチャーセンターでのアニマルセラピーの講座も出て、ちゃんと考えた上での決断したことだ。
はじめは寂しさを癒し飼いやすいものとしてウサギを考えていた。母にそれとなく聞いてもらったら、どうしようか考えたが、結局やめたといったと聞いた。それを聞いてちょっと考えたってことは、絶対イヤというわけでもないんだな、思った。
そこで、これは準備をこっちが全てして、買ってしまおうと決めた。既成事実になれば無理には反対はしないだろう。もしどうしても反対されたらネットでも雑誌でもあらゆる手段を使って飼い主を捜す。それでも見つからなければ、買ったものの責任で、保健所に持ってかなけば・・・しかしそれはしたくないなと思った。運良く父は反対しなかった。
私が考えたのは、犬の散歩は、サラリーマンの父は一度習慣化すれば毎日やるだろう。そしてそれは、身体の健康にもいい。さらに、犬を連れてると知らない人に声をかけられる。それで孤独に陥らない。精神的にもいい。
また犬のしつけを通じて、親としての態度を学ぶことが出来る。犬は猫と違って条件反射しやすい動物なので正しくしつければ、かならずいい子になる。犬のしつけ方を学んでいくと人間の教育にも役に立つことが色々ある。「9割褒めて1割叱る」とか「しかる時は本気になってしかる」とか「褒める時は十年振りの再会ぐらいの気持ちで喜びをあらわす」など。
そのために、訓練士さんにつけたり、しつけ教室に通ったりした。そして1ヶ月間、毎日、1日も休まずに私が父と犬を連れて散歩することをした。予想通りその後10年間ほとんど父が散歩するようになった。
家族にとっても、大型犬だから皆、力を会わせなきゃ飼えない。団結力も生まれるし、食事の時の話題にる。
犬を買ったのが父の70歳の誕生日。犬の平均寿命が約10年。日本人の平均寿命が約80年。この時期に買うなんて常識はずれだが、70の時、トイレのドアを開けっぱなしでようをたしたり。突然、歌いだしたり、ボケの症状が出てきてたのが、80超えた今では、ゴルフにも行くし、株のやり取りをパソコン使ってやったりしている。
これも、毎日犬と散歩して身体も心も健康になったからかも知れない。
だからといって、犬さえ飼えば家族の問題が解決するというわけではないので、誤解なきよう。
ちなみに犬種はゴールデンレリーバー。おとなしくて、頭がいいし老人の慰めにはとても向いている。(欠点は力が強いのでこちらも強くなければならない、毛が抜け落ちるので洋服について困る)ラブラドールレトリーバーも向いているが、私はフサフサの毛を撫でると癒される気がしてゴールデンにした。
本を読むと日本のゴールデンの98%がアメリカ系で2%がイギリス系と書いてあった。それを見て、どうしてもイギリス系が欲しいと思った。愛犬雑誌で見つけて電話して、一度栃木まで車で行ってブリーダーさんの話を聞いてきた。ビデオを撮って帰って父以外の皆に見せた。生後3ヶ月の2匹のうちオスを選んだ。
実は、自分が犬が飼いたいという気持ちがあって、父に毎日の散歩をさせる。という、ずるい心もあった。
母方の祖父が犬好きで、セントバーナード、シェパード、エアデールテリアなどを飼っていた話を母から聞いて憧れていた。しかし、毎日2度365日自分で散歩するのは無理だと思っていた。そういう理由も実はある。
名前は、はじめは、レオとか何種類か考えてた。すると姪っ子も考えていて、リストが作ってあって、一番目がレオだった。語感的にはあまり好きじゃないが、当時、俳優のレオナルド・ディカプリオをレオ様とかいっていたこともありそれでもいいかなと思った。
しかし、うちは手塚治虫の「ジャングル大帝」からもらった。「ジャングル大帝」のストーリーは、偉大な白いライオン、パンジャがジャングルを治めていたが、人間がジャングルに侵入してきた。パンジャはジャングルを人間の手から守るために勇敢に戦い、殺され毛皮にされてしまう。その息子レオは人間とジャングルの和解をめざす。そして最後は、雪山で人間と遭難してしまう。そして人間に対し、自らナイフで刺され殺され、私を食べ毛皮を使いなさいと自ら犠牲になる。つまり、命をかけて人間とジャングルの共存を願ったジャングルの帝王だった。
そう考えるとうちの犬もある意味、家族和解のための犠牲ともいえる。ちょうどイギリス系のゴールデンは毛の色は白だし。
ある意味、犠牲として買ったわけだが、だからこそせめてこの子は幸せになって欲しいと思った。
最終的には老人ホームなどを訪問するセラピー犬にするという計画を始めから持っていた。
理由は自分が癒されるだけでなく、人のため社会に役に立つことの歓びを父に味あわせたかったからである。ただ、自分の利益だけで生きて死んでいくのはさびしい。社会の役に立っているという感覚はとても大切なものだ。また、セラピー犬にするのは盲導犬などに比べてそんなに難しいことではない。
そこで、ネットで調べて、日本動物病院福祉協会というところが一番しっかりしてると思い、問い合わせて、説明会に出て、今日やっと見学することになった。犬を連れてくのは見学してからという決まりがあるので、今日は人間だけでいった。
まずいって見ると、控え室にスタッフは10人ぐらいで1人リーダーがいる。控え室でスタッフ用のTシャツに着替えていくつか質問して時間になり行った。
今日は小型犬が多くて、大型犬はいなかった。猫も一匹いた。
お年寄りの待っているホールへ行くと、全員車イスで20人くらいのお年寄りが待ってる。
私は、「あら〜よく来たわね〜」とか、派手に出迎えてくれるかと思ってたが、お年寄りは、固まったような表情でボケ〜っと見て、動かない。ベテランのスタッフはそれでも話しかける。犬を連れてきたボランティアは素人なので派手なパフォーマンスもなく。連れてまわったり、せいぜい「取ってこい」を見せてるが、お年寄りたちは、表情を全く変えない。筋肉が動かないんだろうか、退屈で不快に思ったのだろうか心配になってきた。
 はじめての見学なのでなにをしていいかもわからず困ってしまった。 私は父がこれを見て、「あんなんじゃ行きたくない」というのが心配で気まずい気分になった。
そう思ってると、一人の老人が、急に感無量の顔になり涙を流し始めた。またしばらくしたら、別のお年寄りも涙を流し始めた。
犬の人の心を開かせる力はすごいなと思った。
私の近くにいたおじいさんも泣いていたので、私は「犬は好きですか?」ときくと「いやあ、別にそういうわけじゃなくて・・・」という。犬が好きとかそういう次元じゃないのだ。施設にずっと閉じ込められてつらい、何か楽しいことはないかと思っていたのかもしれない。
とくにお年寄りは、もう将来の夢もないこの先は死んでいくだけ。家族とも別れ、古びた建物の中での食事くらいしか楽しみもない、つらい状況なのかもしれない。その中で一生懸命自分たちを慰めてくれる人がいるのがうれしいのかなと思った。
でも、それだけじゃないとも思う。やはり、動物好きじゃなくても、動物が一生懸命、命令に従い飼い主は喜んでそれを褒める。それは、やはり感動的だと思う。
犬は諸説あるが、1万年以上人間とともに暮らしてきた。何度も品種改良して。だから、遺伝子レベルで我々人間に都合よく作られている。一度なつけば、死ぬまでずっということをきく。我々、人間は子供のころは純粋で無邪気にお菓子もらっただけで喜べたが、大人になるとお菓子もらった程度では歓びもしないし、鼻で笑うだけだろう。
でも、うちの犬にお菓子あげると大人になってもこどものように喜ぶ。
犬はオオカミのネオテニー(幼形成熟)といわれるが、子供の無邪気さを持っている。言葉はしゃべれないからウソをつくこともない。演技していい子ぶることもない。そういうところが人々の心を開かせるのかなとか思ったが、それはその場に行けば自然と感じる感情であって、それをいちいち分析するのも野暮ってものだろう。
泣いていて私が「犬が好きなんですか?」と聞いたおじいさんは、「いや、そうじゃないけど、いやその・・・」といって照れ笑いをして、説明に困っていた。本人だって言葉にできない感情なんだろう。でも、その気持ちは多分とても大切のものだと思う。

2009年6月20日土曜日

柄谷行人


今日は朝日カルチャーセンターで、評論家の柄谷行人さんの話を聞いた。3年ぶりぐらいで2度目。もう一人の評論家の人と対談だった。その評論家が柄谷さんに気を使って色々聞くが、柄谷さんが答えていくうちにどんどん細かい方にいってしまって、何の話かわからなくなることもあった。また、一つ話して終わると次の話題に移るので、話も断片的になってしまっていた。
私なりにまとめると、まずイェール大学でド・マンという人に会った。当時は誰も知らなかった。のちにド・マンが
ナチに肯定的態度をとったと批判されたが、柄谷さんいわく。戦争中はどこの国でも帝国主義を肯定するものだ、そうしないと殺されちゃうから。そのことを考慮に入れないで批判するのは不当だ。と。確かにそう思う。
それから、自分は日本文学を論じ、また社会思想を論じているが、これらは自分の中では全く別物だ。外国にいったら、日本のことは全て忘れ、日本に帰ってくると外国のことは全て忘れるといってたのが面白いと思った。
また、トルコに行ってきたという。トルコではヨーロッパかイスラムかで分裂してるが、それでいいんだという。日本も西洋と東洋で分裂してるからいいので、変に統合しようとすると危ないという。
また宗教の話になって、キリスト教でもイスラム教でも神秘主義というのが台頭してくる。彼らは神と直接つながっているので、時の権威から自由であり、それゆえ危険視され弾圧されるといってた。なるほど、と思った。
聞き役の人が、丸谷才一さんの文章を見せて、マルサスの人口論がダーウィンに影響を与えた、というようなことをいったら、柄谷さんは、丸谷は馬鹿だからと一蹴した。
まあ、柄谷さんから見れば普通の作家もバカに見えるかもしれないけど。そういわれたら、もう何も言えない。
ちょっと厳しいなと思った。しかし、自分の考えもしっかり持っているから、批判のための批判ではないだろうとは思うが。
柄谷行人さんの本は一般の人向けに書いた「倫理21」と「世界共和国へ」しか読んだことがない。本屋で手にとっても、私の頭では理解できない。ある書店員が柄谷さんの本を見て「この人なんて読むんだろう。よく見るけど」といってたのを聞いたことがある。日本を代表する批評家でも、一般人への影響はそんなものかと思った。
一般の人に影響を与えるかどうかは、どれだけテレビに出たかで決まってしまう。いくら、デリダの友達でも普通の人には影響力が弱いのは悲しい。
しかし、私は成蹊大学中途退学で、今は多摩美術大学大学院修士課程コミュニケーションデザイン専攻で、美大だからあまり本を読んだりしない。ゆえに、あまり学がないけどカルチャーセンターは何の入学試験もなく、テストもなく(そのかわり何の資格もないが)だれでも、日本を代表する知識人の話を聞けるのでつくづく有り難いと思っている。柄谷さんの影響を強く受けた哲学者、東浩紀さんと社会学者大澤真幸さんの講義も受けたかったが、時間が合わなくていけないのが残念。