2009年8月16日日曜日


Aはエリートビジネスマンだった。
一流大学を出て、一流企業に入り、同期の中では一番早く管理職に就いた。
見た目もハンサムで、仮に俳優になっても全く誰も驚かないだろう。
着ているものも常に一流ブランド。
しかも、それを見せびらかすような貧乏根性は全くない。
さりげなく着ていて、それできまっているのだ
親は系列企業の社長。金に困ったことなど一生なかったろう。
親戚や知り合いには、財界のトップや政治家、有名な芸術家も多くいるらしい。
高級ドイツ車を乗り回して、休みの日には、女の子をとっかえひっかえドライブに誘い、都内の、オシャレスポットの情報は、仕事以上に豊富であるかのように見えた。
性格は、明るく誰とでも話ができた。
僕らのような普通のサラリーマンにも、気さくに声をかけてくれてた。
女の子にもてたのは当然だが、男の中でも彼を嫌いな人はほとんどいなかった。
かっこつけた奴ってのは、多かれすくなかれ、同性の嫉妬をかうものだが、彼ほどになると、嫉妬の対象にさえならない。
なにか、昔のハリウッドスターか、憧れのロック歌手を見るように、皆、彼の存在そのものに憧れていた。
そういうオーラを、彼は出していた。
だから、僕らフツー人は彼に近づくだけでも緊張し、
「ありがとう」と微笑まれると、嬉しかった。
B君は、鈍感だった。
彼も誰にでも差別なく、接していた。
しかしそれは、B君が寛容だからではなく、エリートも凡才も、それから、皆に好かれている人も、嫌われている人も区別する能力がなかったからである。
世間で言うところの「オタク」でもあった。彼の趣味は「フィギュア」。美少女や、アニメに出てくるロボットとかの巧妙な人形のことである。
それをすごい細かく巧妙につくって楽しんでた。
面白いことに、女子社員たちからは、そんなに嫌われてもなかった。
僕らのような、「普通」の男子は、女の子に対し、常に下心をもちながら振舞っているので。(Aほどのレベルになれば別だろうが)、ここまで心を許さない。
偏差値50代の大学を出て、
そんな貧乏でもないが、金持ちでもない。
面接もマニュアル本を繰り返し読んで、運よく採用された。
仕事も、女の子の誘い方も、ハウツー本ぐらいしか頼れるものはない。
そんな「普通のサラリーマン」よりは、まだB君の方が、女子たちには安心感を与えるもかもしれない。
B君のもうひとつの大事なものは、子供のころから飼っていたニワトリだった。
世話も簡単だし、毎日おいしい卵も食べられるし悪くはないとも思ったが、じゃあ自分が飼うかというと、やっぱ、ちょっとかっこ悪い。大体部屋は小さなワンルームだから飼いたくても飼えない。
ちなみにB君は、都内の木造の古い一軒家に両親と住んでいた。
ある時、Aのところに重大な仕事が、舞い込んできた。
我社は、名前をきけば誰でも一目置く、大手商事会社の比較的新しい子会社で、創業の目的は、これからの若者向けのマーケットの開拓である。
あるとき、本人ではないが、誰か部下が出した企画が通って、本社からも許可が出て、Aにかなりの規模の予算がだされた。
Aに課せられた仕事は、そのサービス商品を海外にもPRすることだった。
小学校時代をニューヨークで過ごしたAは英語はもちろんペラペラ。フランス語とスペイン語とドイツ語、イタリア語はあいさつ程度は話せるらしい。
まさに適任なのだが、さすがのAも、今回の企画にはかなりナーバスになっていた。
成功すれば、Aの実績はさらに大きく評価される。
しかし、もし、失敗すれば、今までの名声も失われかねない。それほど重要な仕事だった。
まず、仕事の下調べに、AはLA、NY、パリ、ローマ、ロンドンに飛んだ。
帰国してまもなく、イギリスの新興企画会社が興味を示し、担当者が来日してAと会うことになった。
と、同時にAは、社内にこの企画についての新しいアイディアを募った。
何人かのOLが、面白半分アイディアを出したが、娯楽性が強すぎてボツになった。
大学で経営学をまじめに学んだような、キャリア組が出す企画は、あたかも日経系の雑誌の記事の寄せ集めのようなもばかりで人々を惹きつける「何か」が足りない。
全員に告知された募集なので、とうぜんB君にも応募するよう連絡があった。
B君は、いままであまり重要な仕事を任されたことがなかったので、どういう企画を出していいかよくわからなかったのだが、彼にしてみればまたとないチャンス。一生懸命考えた。
あるとき、僕とB君も出席した企画会議でB君は、何日も徹夜で考えたアイディアを発表した。
その内容は「これからは、自然と共存する時代なので、みんながニワトリを飼いましょう」というものだった。
他の出席者は、何も言わず頭を抱え、女性の何人かは目配せをして下を向き必死に笑いをこらえていた。
僕はB君は嫌いじゃなかった。
友達になろうとは、思わないが、別に「いてもいい人」だった。
しかし、発表を聞いて「空気が読めない奴ってのはつらいな」とB君に同情した。
また一方、「世の中、出来る奴とだめな奴ってのははっきり決まっているのかな」とも思った。
会議はB君の提案はなっかたかの様に、淡々と進んでいった。
Aはその辺は敏感で、やさしさからB君に、イギリスの取引会社の人たちが来たとき自分が接待するので、それについてくるようにと、当たり障りのない仕事を与えた。
かくいう僕も同じ役目を賜った。
Aは外国人と話すのには何のためらいもないが、僕にしてみれば緊張の極致。
会社帰りに本屋に言ってイラストの多い簡単そうな英会話の本を何冊か買って帰った。
Aは、この企画はきわめて重要で、本社からうちの部署に連絡が来て、接待の費用は50万出ると僕らに言った。
その金額をきいて僕は緊張が高まった。が、同時に、今まで自分がいたところとは違うステージに行くんだという、「ワクワク」する気持ちも湧き上がってきた。
さっそく、僕らのグループは接待の場所を考えた。
おしゃれスポットに明るいAはベイエリアの高級レストランの名前をいくつかあげた。
でも、僕らはそんな店の名を出されても全く知らないので答えようがなかった。
その空気を察したAは、自分は聞き役にまわり、僕らの意見求めた・・・。僕は情報誌で聞きかじった「人気スポット」の名前を思い出せる限り並べた。
と、同時にAの表情は段々と曇ってきた。情報誌レベルの「人気スポット」はAレベルの人からすれば、単なるミーハーの行くところなのかと思って、僕は自分の凡人ぶり思い知らされた。
Aは視点を変えて、意外な線を期待してB君に、意見を求めた。
立ち食いそばやマックしか知らないB君に聞くのは、ちょっと酷だろうと、僕は心配になった。
しかし、B君は意外なことを言った。
うちの裏に、父親が顔なじみの小料理屋があると。
Aは意外にも、反応を示した。案外そういうところのほうがいいのかもしれない。
結局、彼の判断でB君の案が採用されることになった。
そういうものなのか、エリートのセンスってのは。
小料理屋ならいくら飲んでも、50万にはならないだろう。余った金はグループで山分けしようとAは言って、盛り上がった。
当日、イギリスの企画会社のお偉方は、小料理屋をひじょうに気に入ったようだった。
商談もかなり前向きに進み、あとは細かい契約内容のつめをすればいいところまで、ことが決まった。
改めてAを見る目が変わった。「できる奴はホントにできるんだ」。
B君も自分の提案がうまくいってよかったと思った。
数日後、われわれの企画グループがB君の家に集まって「お疲れ会」をした。
そこに。経理担当の部長から電話があり、今から行くので全員そこにいるようにといわれた。
かなりきつくいわれたので、何だろうと思った。
われわれを高く評価してご褒美でもあるのか。
しかし、「経理」というのはなぜなんだろう。
部長が来て、皆が神妙な表情になった。
グループ全員そろったところで、部長が理由を話し始めた。
接待に使っていい金は5万円であって、誰かが、故意か過失で50万と書き換えて、しかも、残りの金を個人的にポケットに入れたということだった。
我々は全員、それはAの過失だと知っていた。
皆そっとAの顔を見た。
Aは今まで見たことのない、青ざめた表情をして唇をかみしめていた。
我々部下は,皆黙ってAがどう出るかを見守っていた。
もし、これがばれたら「横領」になる可能性もある。刑事事件である。
Aのキャリアは全てが水泡に帰すかもしれない。
人生の岐路である。
だれもAがやったとは言えずに重苦しいい沈黙がかなりつづいた。
そして、その沈黙を打ち破ってAはいった。
「B君が提案したんです。上からの報告を受け取ったのもB君です。我々も、お金のことは知らなくて、ついOKしてしまいまして。でも、B君を攻せめないでやってください。今まで大きな仕事を任されたことがなかったので、ついできごころでやってしまっただと思います。どうか、寛容な対処をお願いします」
B君は言った。
「違います!絶対違います。最初から50万という金額はいわれてました。Aさんから。残りを山分けしようといったのもAさんです」
A「B君、そんな、嘘までついて自己弁護しなくてもいいんだよ。部長さんもそんなにひどい処分はしないから」
と、意識的に笑顔をつくった。
B「嘘つきはそっちでしょ。ぼくは、お店を紹介しただけです。本当です。信じてください!」
部長は五分五分の顔をしていた。
Aは、いった。
「そんな、難しく考えなくてもすぐわかりますよ。これだけ証人がいるんだから。みんなに聞いてみたらいいじゃないですか」
と、微笑んだ。
そして、ちらっと真剣なまなざしを、我々全員に向けた。
部長は、まず僕を指名してどちらが真実かを尋ねた。
Aを敵に回すことは、この会社にいられなくなることを意味した。
Bを傷つけたとしても、別に僕には何のデメリットもなかった。
僕は「Aさんのいうことが真実です」と小さな声で、うつむいて言った。
そのとき、裏の庭でニワトリが大きな声で鳴いた。
B君は、必死に反論したが、B君の味方になる人は誰もいなかった。
部長は、答えをきき満足して帰っていった。
皆、ホットはしたが、重苦しい空気は残った。
部長は靴をはき、帰っていった。
彼は複雑な表情であった。
満足とまでは行かなくても、ある意味、部長自身、このような答えを、(たとえ真実がどうであれ)、求めていたようにも見えた。
2009年5月18日

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