2009年10月6日火曜日



今日は、クラスに転校生が来た

女の子

名前は、中川亜梨沙

すっごいかわいい。

目はパッチリとした二重だし、小顔で、背は低いけど、口もととかもキリッと引きしまって、すごい意志も強そう。

男子たちはきっと、興奮して帰ったんだろう

彼氏はいるのか?どんな男がタイプか?


すごい美人だし、なんか上品な感じもするけど、女の私から見てもあんまりイヤな感じはしない。ちょっと、はにかんでシャイなところもあって、女にも好感もたれるタイプって感じ。でも、なんか気軽に話せそうってかんじではない。

見た目と、シャイな性格、さらに頭も育ちもよさそうなので、なんとなく話しかけるのに緊張する。あるていどは親しくなれそう。でも、ホントにうちとけるのは、ちょっと難しそうなかんじもする。

嫌いじゃないんだけど。

うちらみたいな小さな街の公立高校の中では、何か、他とちがうオーラを出している。


うちの学校は、けっこう郊外にある新しい学校だけど偏差値はそんなに低くない。

まじめにやってる子はすごいまじめにやってて、毎年5~6人は東大に入る人もいる。

でも、はじめからあきらめてしまってる子とかは、どこにも入れず、浪人する率も結構高い。


スポーツは、あまり目立ってよいわけではないが、それでも青春の思い出にガンバってる子はガンバってる。


クラスの中は、なんかグループみたくなってるけど。それぞれ、仲が悪いわけではない。

まず、頭がよくて遊びも知ってる子のグループ。この子たちが一番あこがれられてる。実際カッコいいと、私も思う。それから、勉強だけやって地味な人たち。大体、うちらよりはいい大学に入るけど、悪いけどあまりカッコいいとはいえない。勉強ができても、あのグループには(悪意はないが)入りたくない。それから、私たち普通の女の子ってかんじの子のグループ。大人たちが「若い女の子」と思ってるイメージはだいたいうちらのグループの女の子だろう。流行といっても、テレビや雑誌レベルだけど、それらに敏感に反応する。ようするにミーハー。毎日の話題といえば、ジャニーズとお笑い。毎週ドラマのことで盛り上がれる。


他に「オタク」が数名。うちらとはお互いに干渉しあわないから、あまり関わりがない。


男子の方は、くわしくはわからないけど、女子と似てるところもあるかもしれない。

頭がよくて、カッコいいグループがあって、その中でも一人突出してカッコいいのがいる。女子は内心ほぼ全員あこがれている。キムタクとどっちがいい?ときかれたら迷うぐらいだ。

名前は、増田兼一

バスケ部のスタープレイヤーで、頭もいい

親が政治家なので、将来は政治家になるかもしれないといってた。

当然、お金持ちで大学に入ったら車を買ってもらえるらしい。

うちらのグループの中では秘かに「兼一ファンクラブ」を作っている。

兼一のタイプを予想して、誰が玉の輿にのれるかを競って盛り上がっている。


彼は、私たちの希望的観測では彼女はいないようだ。少なくともステディなのは。

「オタク」の方々もマンガを書くときカッコいい主人公は、兼一を頭にうかべて描くといってた。

うちらには、憧れの王子様だけど、カッコいい女の子たちは、もっと真剣だ。実際つきあえる可能性があるのだから。

彼女らは、あからさまに兼一をもてはやしたりしない。だけど、それとなく近づいていってなんとなく親しげに話しかける。

彼女たちの間でも、もちろん水面下での激しいバトルがあるのだ。

彼の事を「兼一」と呼び捨てにできるのは、クラスでは2人だけだ。もちろんもてるグループの1位と2位。


兼一は、バスケはスポーツ推薦が受けられるほどの腕前。

わたしたちは、試合の応援に行くときに、チアリーダーをのぞけば、全員兼一にクギヅケ。

タンクトップで短パンで、ボールを軽々バウンドさせてる姿だけで、そのままポスターになりそうなほど、ドキッとさせる。練習中何度もダンクシュートをきめても、彼はいつでもクールだ。その、自然さ、きどりのなさが乙女心をさらに燃えさせる。

わたしらは、試合の応援で、黄色い声援をあげてるだけで青春できてしまう。

兼一のあの気取らなさ。どこからきているんだろう。勉強も学年でトップ10以下になったことはない。ルックスについていえば、兼一は原宿、表参道はなるべく歩かないようにしてるそうだ。理由はモデルやタレントの勧誘が多すぎるからだ。

それだけ、持てるものを全てもってる兼一が幸せかというと、彼はいつもどこか影を背負っている。なにごとも、なんなくこなすのに、ほとんど笑わない。なにか、淋しそう、悲しそうに見えてしまう。そこがまた、母性本能を刺激して、なんとか守ってあげたくなってしまうのだが。

兼一とデートするとしたらどこへ行くかな?原宿、渋谷はガキっぽいし、やっぱり青山とかでおしゃれなカフェテラスで、私はロイヤルミルクティー、彼はブラックのコーヒーに砂糖を二つ入れて、「今日はおしかったね、試合」「ああ」「すごい応援してたんだよ。きこえた?」「頭にはいんないよ。そんな試合中」「そりゃそうだね、あそうだ、ここのチーズケーキすっごいおいしいんだよ。しってた」「いや」「たのむ?」「どっちでもいいよ」「ちゃんと答えてよ!もう」といっても兼一は上の空で、街並を眺めている。なーんて、こうやっていつもヴァーチャルデートを楽しんでいる。


ところで、亜梨沙ちゃんがきてから3日目。

うちの学校は、お弁当は誰と食べてもいいことになっている。

だいたい、前にいったグループごとにまとまって食べている。

亜梨沙ちゃんは誰も知ってる人がいないし、シャイなので、この3日間ひとりで食べていた。

私は声をかけようか少し迷った。亜梨沙ちゃんほどの美人がうちらミーハーなグループに入って、うまくつきあえるのかな?本人も満足するのかな?

そんなことを心配していたら、ちょうどカッコイイ系のグループの一人から声を掛られたようだった。私は、亜梨沙ちゃんのことを思えばよかったとは思ったが、すこし淋しい気がしたのも事実だ。


カッコいい子たちの話題は、最新のファッション、今話題の外国映画、小説、洋楽などだ。テレビ、お笑い、ジャニーズ、などの話題が出ることはない。

亜梨沙ちゃんはみんなが話していて盛り上がっていても、それを見ていて一緒になって笑うけど、自分からはほとんど話さない。誰かが気を使って、亜梨沙ちゃんはどう?ってふっても、「うん」とか「はい」とか「べつに特には・・・」とか曖昧な答えしか返してこない。でも、それで周りの人をイヤな気にさせるわけでもないので、なんとなくそういうキャラなんだとみんなも思いだしてきて、別段彼女の事を気にかけることもなくなってきた。


カッコいい子のリーダーは、冨永優子。親は不動産会社の社長で、都内にいくつかの大きな土地を持っているらしい。やはり、その人の持っているセンスの良さは親の社会的地位や収入と比例するらしい。パーマをかけた長い茶髪は、彼女のかもし出す優雅さによって決して派手には感じられない。彼女の社交的な性格はときに押しの強い印象を与えるが。総合的に見て、うちのクラスでは一番の「いい女」なのだろう。

No.2は吉岡ゆかり。親は輸入商。冨永のような外向性はなく、対照的に何事につけても控え目。しかし、それは彼女の冷徹な計算の上でのことである。常に冨永と対立するの避けてきたのでNo.2のポジションを維持し続けることができたのだ。冨永への忠誠を誓ったため、No.2の地位を冨永が保証しているからだ。

こうして見ると、つくづくこういう「政治力学」にかかわらない自分が幸せに感じた。


冨永は兼一を本気で狙っている。ゆかりは始めからレースから降りているので、冨永のライバルは事実上いない。あとは兼一が自分に振り向くかどうかということだけだ。

ある意味、もっともシビアに自分の価値を試される。それでも冨永は兼一を諦めることができなかった。はじめは、自分はどんな男をも虜にできるという自尊心からの挑戦だったが、どんな誘いにも兼一はのってこない。今はプライドを捨ててでも兼一に振り向いてもらいたい。プライドと熱愛の両者が混ざって、もう何が目的かわからないがとにかく兼一に振り向いてほしい。気持ちだけが膨らんでいくが、どんなに色気で迫っても、しとやかに迫っても兼一は彼女に振り向かない。

冨永はそのことについてかなりナーバスになっていた。周りの人も、その空気を感じ冨永の前では兼一の話は避けるようになっていった。


兼一はといえば、彼はこれだけモテるのに女には全く興味を示さない。黙々とコートでバスケの練習に汗を流しているのだが、それがまた女子たちの心を掴むのだ。

しかしなぜ女に興味を示さないのか?

一時期「ホモ説」も流れたが。その対象になる男が見つからず、その説は否定された。

とにかく、欲しければいつでも手に入るので、なんとか手に入れようという焦りがないのだろうというところは確からしい。

しかし、彼のあの女に対するクールな態度。そして、彼にいつもかかっているある種の影。これは、何なのか。これこそが、女子の胸を釘づけるのだが、それにしても単純に何故なのか知りたい。


ある日、下校時に雨が降っていた。冨永は運良く傘を持っていた。兼一は、冨永にとっては幸運にも傘を持っていなかった。

「兼一、わたし傘を持っているから、入っていく?」

「いいよ。俺は濡れていく」

「風邪引くって。せっかく誘ってるんだから、断らなくてもよくない?それとも何か私に傘を借りることが出来ない理由でもあるの?」

「じゃあ御言葉に甘えて」

といって、二人で一つの傘を共有して駅まで歩いた。冨永にとっては千載一遇のチャンス。なんとかここで、兼一にいい印象を与えなければならないと気を入れ直した。

「この前の試合よかったね。兼一もシュートきめて」

「ああ、どうも」

「あいかわらず、口数少ないな」

「ああ」

「ほらまた、せっかくいっしょに帰ってるんだからなんか話そうよ」

「別に話すことなんかないよ」

「そういわないで!暗いなー」

「暗いんだからしょうがないじゃないか」

「なんかないの?興味のあることとか」

「バスケと受験のこと以外考えることないな」

「受験はどうなの。どこかねらってるの」

「ある程度のとこは行きたいな。東大は難しいけど、早慶か一橋ぐらいはいきたい」

「すごい。私なんか無理だよ」

「他人は関係ないよ」

「自分のため?自分の将来のため?」

「まあそうだね、あもう駅見えたから行くよ。ありがと」

といって走っていった。

ひとり残された冨永は、落胆と心細さで、いつもの強気な彼女とは思えないようにいまにも泣き出しそうだった。私のどこが悪かったの。なれなれすぎた?だったらもっとおしとやかに接したら、私に振り向いた?そんなことはない。なんなのこの力の抜ける気持ち。無力感っていうのかな。私のことが嫌いなのかな?それもちがう。だって誰にだってああなんだもん。どうすればいいの?諦めるべきってこと?それはつらすぎる。でも、どうしろっていうの。どうしたって振り向かないんだもん。どうすることもできない。

と思ったとき雨だれが傘から落ちると同時に冨永の目から涙がひとすじ流れ落ちた。


次の日、お昼に机を並べてみんなでお弁当を食べてるとき、冨永は無口であった。他の子たちはおしゃべりに花を咲かせていた。

亜梨沙ちゃんは、段々この学校にも慣れてきて、兼一がみんなの憧れの的だということも、その他の人間関係もだいぶわかってきた。亜梨沙ちゃんは相変わらず口数は少ないがなんとなくみんなの話題についていっていた。私も亜梨沙ちゃんのことが段々わかってきたが、亜梨沙ちゃんはいわゆる「能ある鷹は爪を隠す」タイプで、実はズバ抜けて頭のいい子なのではないかと思うようになってきた。彼女は口数は少ないが、相手の聴いたことを相手よりも明晰に理解して、最も適切な一言を残す。私たちは、彼女に話すことで自分自身を知ることができる。本人は極めて謙虚なのだが、いつのまにか彼女の周りには彼女を慕うように人々が集まった。

これは、冨永らに多少の嫉妬を買ったが。彼女らも亜梨沙ちゃんを憎めなかった。それだけ、人から憎しみを買わないように振る舞ってきたのだ。そういう意味でも頭がいい。


運動会が終わって、道具やテントをしまう係に亜梨沙ちゃんは選ばれていた。先生方がすわるテントがあって、その柱を片付けなければならない。その係に幸か不幸か、兼一もいた。クラスは違っても顔はもちろん知っている。とくに兼一は学校中の女子が知っている。亜梨沙ちゃんは、兼一を見つけすこしうろたえた。今まで、人に嫌われないように気を使って生きてきたのに、ここで抜けがけ的に兼一と親しくするのは、学校中の女子を敵にまわすことを意味した。

亜梨沙ちゃんは、できるだけ平成を装って、親しくしすぎず、冷たくなりすぎず気を使って対応した。彼女にとっては綱渡りのような時間だった。

幸運にも兼一も無口なので、二人が言葉を交わすことはあまりなかった。

「この柱運ぼうよ」

「はい」

「俺がこっち持つから、亜梨沙ちゃんが向こうもって」

クラスが違って、しゃべったこともないのに亜梨沙ちゃんと下の名前で呼んでもらえて、亜梨沙ちゃんは少しうろたえた。と同時にすごく嬉しかった。

「はい」

といって柱を持って運ぶ。

「そこ、そこ。ほら天井気をつけて」

「はい」

こんな調子で、二人で柱を倉庫に全て運び込むのには45分ぐらいかかった。

無言ではあったが、共同作業しているうちに段々息も合ってくる。相手のクセや性格も少しづつわかっていった。兼一も亜梨沙ちゃんも学校一の美男美女。仕事が終わった後の達成感に、何かが加わっていた。それが、「恋愛感情」だということは頭のいい二人にはすぐにわかった。そして、共同作業中、お互いの言葉にならない身体的な共振を感じていた。

二人とも、これで終わりにはしたくなかった。でも、それ以上一緒にいる理由もなかった。亜梨沙ちゃんは周りからの嫉妬も怖れていた。

兼一から切り出した。

「つかれたから、ジュースでも飲まない?」

「はい」

倉庫から、自動販売機までは歩いて5分。

その間、二人は一緒の時間を大事にしたいと思った。

いつもは無口な亜梨沙ちゃんも今日ばかりは、この5分だけは積極的であった。

「兼一さんすごいですね。バスケだけじゃなくて走るのも速いんですね。私おどろいちゃった」

「そんなことないよ、組み合わせに恵まれただけだよ。一番速い北村が同じグループにいなかったから」

「でも、すごいですよ。運動も勉強もできて。うらやましいですよ」

「そんなものが、幸せに関係あるのかな」

「ありますよ!!兼一さんのお父さんは政治家でしょ。いい大学出たら、お父さんの跡を継いで政治家に成れるじゃないですか!」

「政治家になる事が幸せなのかな」

「兼一さんだったら国会議員になって、将来は総理大臣になれるかも!」

「総理大臣か、なりたい人がいればゆずってやるよ」

「政治家はお嫌いですか」

「俺が何のために、勉強にスポーツにガンバってると思う?」

「・・・」

「親父の地盤を継ぐためさ。政治家ってのはなろうと思ったってなれない。後援組織がクモの巣のように張り巡らされていて、その中で身動きが取れないのが政治家なんだ。小さい頃から見てきたからよくわかる。一度作った地盤はそう簡単に人に渡せない。だから親父は俺を立派な政治家にするためにエリート教育をずっとしてきたんだ。そして、政財界とのつながりの多い家から嫁をもらうことまでもうきめてあるんだ。俺の人生はもう半分以上決まったんだ。俺の意志なんか通す余地はないんだ。個人がするんじゃない。組織がそうなっているから、どんなに個人が異議を唱えても効き目がないことは昔からよくわかってた。だから俺にあるのは親父が作った栄光だけで、俺自身が作った夢も希望も始めからあり得なかったんだ。勉強もスポーツも結婚も、すべて俺が政治家として有利になるためだけにやっていくだけなんだ」

兼一は、たまっていた鬱憤を一気にぶつけるように、拳でコンクリートの壁を思い切りたたいた。あまりの音の大きさに亜梨沙ちゃんは、一瞬恐怖を感じ、つばを呑み込んだ。

「ごめん、ついぐちになっちゃって。君があまりに聞き上手だから、つい気を許してよけいなことまで言ってしまった。

「え、いえ。そんな・・・」

亜梨沙ちゃんは、そのときどうして兼一が女に興味を示さなかったのか、どうしていつも暗い顔をしていたのかが、一瞬にして理解できた。

こんなに近づいたので、みんなからはひどい嫉妬に合うだろうと思った。

でも、それでもこの5分間は亜梨沙ちゃんにとってはとても大事な時間だった。たとえ、どんなに嫉妬されても、この時間を持てたことはよかったと亜梨沙ちゃんは思った。


「この時間はたぶん、私は一生忘れないだろう

それは、青春の甘酸っぱさとともにいつも思いだされるだろう」

亜梨沙ちゃんはそう思った。


2009106日火曜日

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