2009年11月8日日曜日


キリスト教入門講座 10/25 吉祥寺教会 シスター田中
「罪」
◯何が罪なのか?
◯誰も完全ではない。適当に悪いことしている。
◯罪というのが実感としてわからない。
◯「悪」はわかる。世の中にいっぱい悪いことはある。
◯「悪」と「罪」とが一致しない。
◯どんな「悪」があるか。
 1「戦争」もっともらしい理由があっても戦争は「悪」
 2「飢餓」世界にはある分量の食料ある。分配の問題。持てる国と、持てない国。
◯個人のエゴ、集団のエゴ。加害者であり被害者である。
◯こういう人間の「罪」をどう考えるか。
◯チューインガムを盗んでしまった小学校3年生の詩
「どうしてあんなことしてしもうたんだろう・・・」
自分の中に「泥棒」しようとする気があったことに気づいた。
これが「悪」と「罪」の一致。
◯加害者と被害者は裏表。

どうするか
◯たんにお金を出すのではなく、自分の痛みを感じることが重要。
大斎→断食 痛みをともなう真剣な祈りになる
◯「連帯」=本当の友達になる。痛みの中になる 平和を祈る=戦争で苦しんでいる弱い人々の友達になれる。
◯加害者の苦しみが少しも楽にならない=「痛みを分け合う」これが大事。
◯加害者であるということを重く思っていること。
とことん自分の中のエゴと向き合うことが大事。
誰も見たくない。つらい。
それが出来る条件
ドラマ「北の国から」
息子と娘がいる男が離婚して北海道で農業をやることになる。1人事情のある少年をあずかる。
純(息子)のミスで丸太小屋を燃やしてしまう。少年のせいにする。
いかだ下りで、転覆する子を見捨てて帰ってしまう。その子は肺炎になる。また、少年のせいにする。
父は少年を親元へ帰そうとする。
駅で見送る。ラーメン屋で温かいラーメンを食べているとき、純は、ふと少年のことを思う。
自分のしたことにハッと気づく。
お父さんの前でいう。
「いいたいけど、いえなかった。卑怯だった」
お父さんは始め言葉をのんだあと、
「お父さんもふぬけになってしまっていた」
純もお父さんもどうしていえたのか?
弱いものどうし肩をよせあった雰囲気。
そういう中でこそ、自分の本当にやったことが見えてくる。
もし私たちが何か隠しているとき、一番苦しむのは自分自身。
いいたいけど、いえる場、雰囲気がないといえない。
◯だれでも被害者であり加害者であるのが人間。
◯間違い易いということを知っていることが大事
◯いってしまって、許されたい、楽になりたいというの気持ちがあることを「知る」事が大事。
◯それが教会が存在している理由。
◯教会は決して間違うことのない存在ではない。間違う人間が構成しているから間違う。その間違えから解放してあげようとする力も存在する。
◯その大きな力を「赦しの力」といっている。
◯教会は建物ではなく集まりのこと。集まっているのは弱い存在だが、その中に「神の力」=「聖霊」がある。それが「赦しの力」となって働いている。
◯赦しの方法
信者「赦しの秘跡」
一般の人、「全能の神と兄弟の皆さんに告白します。主よ憐れみたまえ。キリスト憐れみたまえ」
心から神様に赦しを願う。
主の祈り。
信者以外の人も赦しを得られる。
◯洗礼というのは、十字架の血に染まって新しい命をいただくこと。洗礼する前の罪は救われる。「洗礼」は絶対的な「赦し」。
◯しかし、人間はどうしようもなく悪への傾きがある。=エゴ
◯エゴがまた出てきたら「赦しの秘跡」
イエズス様の流された血潮。大きな犠牲。大きな償い。イエズス様が背負って下さった。だから「本当の赦し」。
◯エゴ、その度に回復。教会は赦しの力、聖霊がいる。
◯赦しのためには「告白」が必要。「どうしてこんなことしてしまったんだろう。つらいです。申し訳ないです。ドキンとした」

11/8 「赦し」
◯赦されるためには「自分の罪をいわなければならない」
◯自分のいいたくないことを言わなければならない。つらい。自分の心の内側を言うのは楽じゃない。もちろん。人間ならできっこない。神様、イエズス様が先にいて待ってて下さるから言える。
◯ついたてがあって小窓があって、声だけ聞こえる様になってる。しかし声だけでもバレるのがいやで、他の教会に行って告白する人も多い。
◯人に言うのではない、神様、イエズス様が聴いて下さる。神父様は神様の代理人。
◯神様はもうご存知。
◯何でも言うのではなく、「根っこ」のところをいう。「腹が立ったから人に悪口を言ってしまった」それが罪。その人が本当に悪いかどうかは神様しか知らない。
◯本当の「善」、本当の「悪」を知っているのは神様だけ。
◯作家で精神科医の加賀乙彦さん。
昔、「軍国主義者」、日本だけが正しくて東洋の平和を守るために立ち上がって戦わなければならない。陸軍幼年学校、エリート中のエリート。祖国のために立派に死んで皆を守ろうと思った。
敗戦。大人たちは、これからは民主主義だ。
今まで善だったものが悪になってしまった。
大人に従うと間違ってしまうと強く思った。
大学教授時代。全共闘、学生から吊るし上げられ。小突かれた。
彼らの多くは髪を切りスーツを着て企業戦士になっていった。
「人間は集団になると悪魔のような暴力をふるう」
◯いまの悪魔的存在は「インターネット」
たくさんの情報の内、自分に都合のいいものだけを見る。視野狭窄。
違いを受け入れられない。おとなは違いに慣れている。
小学生がイジメで自殺する。もっと大きく将来を見られないか。
政府のやってる対策に宗教とか本当に目を向けたものあるのか?
◯「人間の力を超えた大きな闇の力」=「悪魔」=「サタン(Satan)」=「迷わす者。誘う者」
サタンとは力。
この力に負けない6つの方法
①視野を360度にする。
②宗教の本質を知る。
宗教とは◯◯教とか◯◯宗ではない。
宗教(religion)とは繋がり。
縦と横のつながり。
神は一人でなく人のそばに相棒をお造りになった。
③「死ぬ」ことの惨さ、醜さと向き合う。
④いつも「私だったらどうするかな」という目でニュースを見て下さい。
戦争をカッコいいと言った子がいた。
⑤自分を育てることをしましょう。
子供の世話でも犬の世話でもたいへん。仔犬はどこでもおしっこしてしまう。
失敗したらすぐ拭いてあげる。
人は一度失敗したらもうダメだと思う。
失敗してもそこから立ち直るようにしてあげる。自分が自分のお母さんになったつもりで。
⑥本当の意味での個人主義になる。(利己主義ではない)
シスターも戦争中、軍需工場で働いてた。守衛さんが右向け右というと皆パッと向いた。
加賀さんも軍隊にいたからわかるのでしょう。
「右向け右」と言われてても「私はそうは思わない」と言えるように。「私は私だ」でもわがまま、あまのじゃくではない。
沖縄戦で人々が逃げるとき分かれ道があって皆右に進んだ。一人左に進んだ人だけが助かり、右に行った人たちは全滅した。
「私が考え、私が行動する」のはたいへん。
◯自分を守る。そしてはじめて他人を守ることができる。
長崎の原爆。永井隆博士の話。
実験室で建物倒れ動けなくなった教授。弟子たちは助けようとするが、「君たちはまだ若いから私を見捨てて逃げて下さい。これが私の願いです」若者たちは後ろ髪引かれるような気持ちで逃げた。教授は死んだ。
◯自分を守るということは、内面のこと、自分をイジメないこと。=他人を守ることができる。
◯現代の悪魔のささやき。集団になると暴力的になる。
◯シスターのいる修道会も集団。「従順」=自分の意志を捨てる、誓いを立てる。
しかし、毎年、管区会議で文章で違憲を誰もが言えて必ず扱われる。


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